ラヴェルのラ・ヴァルス。ラヴェルがウィーン風のワルツを書いたとされる作品です。

私は確かな文献を読んではいませんので、これからお話しすることは、私個人の感覚から感じるようになったことであり、ラヴェルの思いではありません。

 

ラ・ヴァルスを生徒が弾いていて感じるのは、19世紀末の作曲家の多くが用いた不協和音です。不協和音を聴くと、プロコフィエフもそうですが、何か硬質なものを感じます。

 

その時代、例えばフランスではパリを中心に鉄道網が整備され始めた時代でした。そのおかげで、人々は家の中から外へ、そしてパリ郊外へ日帰りで旅行するようになったのです。

 

先日、モネの絵が東京に来て、大変多くの人でにぎわっていたようですが、それまでの宗教画を中心に、例えばレンブラントの絵などを思い出すと屋内の中で描かれた作品が中心でしたが、モネの絵には睡蓮をはじめとして、屋外の光を伴った絵が多いと思います。

 

絵のことは置いておくとして、産業革命により、鉄が使われるようになり、鉄道も発達しました。

 

つまり不協和音が意味する硬質なものとは、私にとっては鉄なのです。

 

プロコフィエフのトッカータも機関車の絶え間ない動きのように感じられますし、ラヴェルの・ラ・ヴァルスでは、時代はかぶりませんが、シャガールのサーカスの絵を思い浮かべてしまいます。

 

空中ブランコのような音型があったり、悲しそうな表情をしたピエロが登場したり、拍手喝さいの聴衆や馬などの動物が出てきたり、色々な音型から空想できるのです。

 

そこには、不協和音である鉄の存在なくしては、サーカスのテントさえも立たないのです。

 

作曲家の生きた時代の環境という者を想像したときに、ラヴェルのラ・ヴァルスでそんなことを思いました。






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