その国や地域、また、どんな音楽を聴いてきたかなど、様々な理由から、その奏者の音楽言語というのもまた、様々にあると感じます。
例えば、日本においての音楽言語というものがあると思うのです。もちろんその人によって違うものではありますので、ひとくくりにはできませんが、基本的には、ドイツ語圏で勉強した方の音楽言語というものが身についている方が多いのではないかと思います。
しかし、おもしろいことに、同じドイツ語圏でもドイツとオーストリアは違います。それぞれの文化も違いますし、よって同じドイツ語にもかかわらず、そのドイツ語の響きやリズムが違い、よって音楽も違うのです。
ウィーン・フィルに入団するには、このウィーンの音楽言語というものを知っている人しか入団出来ないそうです。
日本の話に戻りますが、明治時代に入ってきたクラシック音楽の音楽言語はドイツの音楽言語だと思います。その音楽言語を基に、日本人の生真面目な性格ゆえか、よりメトロノーム的な要素が加わったのが、現在でも日本の教育現場で教えられている、日本独自の音楽言語のような気がします。
ですから、日本の教育現場において、アルゲリッチやホロヴィッツの演奏など聴いてはならない音楽であり、彼らの音楽言語と日本の教育現場で正しいとされている音楽言語は異なるのです。
私があえて申すまでもなく、アルゲリッチとホロヴィッツの音楽言語には共通するものがあると思います。おそらく、アルゲリッチがホロヴィッツの演奏からたくさんの影響を受けているのだろうと思います。アルゲリッチに限らず、ホロヴィッツの音楽言語の影響を受けている演奏家はたくさんいるように感じます。
それでは、ホロヴィッツの音楽言語、これはロシア的な音楽言語であり、彼は彼の感覚に正直に弾いているにすぎないと思います。
もちろん、ロシア人ピアニストだから皆同じとは言いきれるものではなく、大きく分けて、その流派により音楽言語も異なり、また、例えば、ネイガウス流派の中においても、その音楽言語は様々であり、リヒテルのような感覚もあれば、ナウモフの弟子であり、ナウモフを通したゲンリッヒ・ネイガウスの孫弟子にあたる演奏者たちの独特の音楽言語というものがあるような気がします。その特徴は非常にロマンティックであり、おそらく、ホロヴィッツの音楽言語にも共通したものがあることから、ホロヴィッツの音楽言語もネイガウスの音楽言語の影響をうけているように感じます。
皆さんも、ご自身の演奏がどの音楽言語の教育を受け、現在のご自身の演奏もまた、どういう音楽言語なのか?を考えてみるのも興味深いことではないかと思います。
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