世界中のピアニスト、ピアノ教師たちから感じることの1つにレガートの概念を挙げることができます。

 

1つは、指でつなげることによりレガートとする。もう1つは響きがつながっていることによりレガートとする。

 

というように2つに分かれると思います。

 

指でつなげるレガートは、はっきり申し上げてチェルニーのピアニズムの流れであり、響きのレガートはショパンのピアニズムの流れであると私は感じております。例えば、ショパンのノクターンの左手の伴奏音型を指のレガートで弾くことはできません。

 

以前の章でも申し上げましたが、指のレガートを支持するピアノ教師たちの矛盾はここにあるように思います。指でつなげなさい!という教師にショパンの伴奏音型はどうするのですか?と問いたくなります。笑

 

過日のモギレフスキーとの雑談の中で、私は敢えてこのことについて彼にどう思うか?尋ねたところ、やはり彼も響きのレガートであるということでした。

 

ただ、この件については、意地悪く言えば、響きのレガートは豊かな倍音が鳴ってこそ初めて可能なことですから、豊かな倍音が鳴っていないタッチのピアニズム、チェルニーのピアニズムの奏法の方は指でつなげるしかなく、響きのレガートはできないのかもしれません。

 

ですから、ショパンの伴奏音型を含め、メロディーラインも本当の意味ではレガートにはなっていないのです。

 

もし、本当の響きのレガートを行えたとすれば、それはそれは言葉では何とも言えない、色彩豊かな響きの中に、弾いている奏者自身の全身が包まれ、そのように弾かねば理解できない、今まで経験したことの無いような、本当の意味での音楽をしている喜びを実感することとなり、そのタッチの基本を習得することは大変難しく労力と時間が必要なのです。

 

 

 

 





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