少々私自身恥ずかしくはありますが、生徒である丸尾祐嗣が、このブログに寄稿してくれたので掲載させていただきます。


大野先生の御指導を受けて

私は大野先生に出会うまで、ピアノとはひたすら自分の感情や思考を込めて弾くことが全てだと思っていました。音はある一定水準綺麗であればそれ以上追求する必要は無い。。と、今思えば恥ずかしいほど安易な考えだったのです。
しかし大学3年生の時、イーヴォ・ポゴレリチのリサイタルを聴き、音楽的な素晴らしさももちろんですが、それ以前に音そのものに衝撃を受けたことにより、私は自分の音がどう響いているのかということに疑問を持ち始めたのです。
そして自分のことをよく知ってくれている人にも、『あなたの音は細く、貧弱でフォルテになると詰まる』と指摘され、根本から現在のテクニックを変えなければと思い立ったのです。

そしてインターネットを通して世間にはどんなテクニックがあるのかということを漠然と調べていた矢先、大野先生が執筆されていたブログ『ロシアピアニズムをつぶやく』に辿り着きました。
最初は自分に役立つ情報が少しでもあればという軽い気持ちで読み始めた途端、ホロヴィッツやアルゲリッチといった大巨匠たちがどんな風にピアノを扱っているのかを事細かく解説した物凄いブログであると感じた半面、そんなことを解明した先生がまさか日本にいらっしゃるなんて……と、信じられないような気持ちになったのも事実です。
しかし、私が響きに対する意識を持つきっかけとなったポゴレリチについても言及されており、一流のピアニストたちに共通している音の秘密が倍音であるということを知り、その後改めてロシアピアニズムのテクニックで弾いているピアニストたちを聴いてみて、私の中で曖昧だった歯車がピッタリと噛み合うような感覚を憶えました。そして私は衝動的にレッスンをお願いし、初めて先生の門を叩いたのが約1年半前です。

最初のレッスンでの衝撃は未だに覚えています。

まるで偉大な巨匠が目の前で弾いているかのようにあらゆる種類の響きを実際に提示して下さいました。
先生の響きはあらゆる作曲家や作品に応じて変化し、ベルベットの光沢のような美しい弱音から地球を揺るがすが如くどこまでも広がる柔らかく豊かな響き、更には無限の中間色まで自由自在に操り、もはやロシアという国の枠を越えたインターナショナルな響きとでも言えるでしょう。
現代ピアノを熟知しているからこそできる音楽がそこにはあり、例えるならば楽器と対話しながら構築されていく世界で、先生の苦悩や芸術に対する真摯な想いをピアノが歌っているかのような、生きた音なのです。

やはりピアノとは単純な楽器ではない!
こんなにも可能性に満ち溢れていたなんて……と思い知りました。

そして大野先生はブログにも執筆されている通り、世界のピアノ教育現場の実態や歴史なども教えて下さり、更には医学的な観点からも何故このピアニズムが合理的なのかということを証明されていました。
それ以降もレッスンを受ける度に、先生の抜群に鋭い耳、感性で研究されてきたピアニズムなのだなと深く理解できるようになり、本当の意味で私は音の聴き方を全然わかっていなかったのだと痛感しました。。

色々な響きが聴こえ出すと好みのピアニストも変わっていき、それまで良いと思っていた録音も実はそうではなかったり、明らかに自分の耳が変化しているという実感が持てるようになりました。


私が日々、肝に銘じている先生の言葉があります。

『人の心に届く音楽は、フォルテではなく会場の最後列まで届く最弱音の美しいピアニシモを基調としたものであるということ』

『音楽を深めたいならば、色々な物事に興味関心を持ち続け、能動的且つ謙虚な気持ちで勉強を続け、人としての成熟を目指しなさい』


先生から教わっている事は私がそれまで受けてきた教育とは正反対の世界であり、単純にコンクールで賞を取ったり音大に進学するためだけといったような短格的な目標に向けて勉強するのではなく、真の芸術家として自分にしか出来ない音楽を確立し、社会貢献するという目標を掲げた世界を見渡しても類を見ない理想的な教育現場だと思います。

更に、教室のほかの生徒の方々との交流など様々な観点から純粋に音楽の魅力を共有する時間を通して、一回一回のレッスンで必ず新しい発見があります。
当時留学を考えていた私にとって、海外に行っても絶対にわからなかったであろう楽器の可能性や音の本質、音楽の方向性がはっきりと定まったのは、他でもない先生の御陰です。

まだまだ駆け出しの生徒ではありますが、この社会において時と共に芸術文化を受け渡していく目標と責任をしっかりと自覚し、偉大な芸術家達や大野先生からの教えを無駄にしないよう勉強していきたいと思う所存です。

丸尾祐嗣




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