常々思うことですが、コンクールというものを考えたときに、コンクールのそもそもの存在意義を忘れてしまいがちであるということです。そのことを知らずに安易に受けたがる若い学生たちも多いですし、そして、そのことに対する確固たる考え、信念を持って学生たちに諭すことができるピアノ教師は意外に少ないのではないでしょうか。ただただ有名になりたい、社会的地位を得たいという安易で稚拙な動機で臨む学生がいかに多いことか。

 

コンクールの役割は、コンクールに一同が集まり同じような曲を弾くことにより、特に国際コンクールにおいては、ベートーヴェンならベートーヴェンの真の意味でのアカデミックな要素、ベートーヴェンはどう弾くべきか?ということを確認しあう、今現在、世界中の教育現場でどう教えられているか?それはまた、どのような傾向にあるのか?そして、それは過去の伝統をきちんと引き継いでいる演奏なのか?また、それに加えて未来へその伝統を引き渡し伝えていく大きな社会的な役割があるのです。いわば、国際見本市とでも言えるのかもしれません。

 

人はコンクールだからこれは弾かない方が良いとか、コンクールだからこう弾いてはいけないという感覚で曲を作り上げていくことを考えがちですが、それでは演奏に向かうときの感覚的思考のエネルギーの方向が逆であり、そのような考え方の上で成り立つ演奏は良いものにならないでしょうし、そのような考えで安易にコンクールを受けるべきではないと思います。

 

それよりも、そもそも真のアカデミックな解釈はどうあるべきか?世界の伝統はどうなのか?ということを念頭において曲を作っていけば、おのずと良い演奏ができると思うのです。

 

要するに、自分が勝手に自分のためにピアノを弾いて、自分が思うベートーヴェンを好き勝手に弾いて自己アピールしても審査員には通用しないのです。

 

ピアノを弾くという行為は、プロはもちろん広くはアマチュアの方に至るまで、社会的意義、社会的役割もしくは社会的責任があって自分が演奏をするということの意識をしっかり持たなければ、世の中に通用する演奏にはなりませんし、また、純粋に演奏として考えたときに独りよがりな演奏になってしまうと思います。

 

以上、今申し上げたことは、コンクールを受けるうえでのあるべき心構えとして私は考えております。



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