ドイツ系のピアニズムやフランス系のピアニズムは言うまでもなく、ロシア系のピアニズムのピアニストにも下部雑音が鳴ってしまう演奏をしてしまうピアニストが、実は大勢いると私は感じるようになりました。
下部雑音とは、鍵盤をしっかり弾いたときに鳴ってしまう雑音です。くどいようですが、雑音など音楽の中には基本的に必要のない音だと個人的には感じています。しかし、一般にこの雑音がしないとプロの音ではないという教育が日本を始め、世界中で行われているのが現状です。例えば、スケールの試験などでは下部雑音がしっかりなっている演奏のほうが良い点がつくのではないでしょうか?
鍵盤の底を狙って弾くピアニストの演奏には下部雑音が多く含まれてしまい、美しい音とされているロシア系であっても下部雑音が鳴ってしまいます。
私の感じる美しい音とは、いわゆる浮いてしまった音ではなく、鍵盤の上から浅いところを狙って弾くピアニストの音であり、下部雑音が混じりません。ただし、例外的に意図的に下部雑音を混ぜるということもありだとは思いますが。
音色の観点から申しますと、下部雑音が混じった音は音の伸びが少なく、言い換えるならば倍音量が少なくなってしまい、倍音量が少ないということは音色の変化が乏しくなってしまいます。
ある時、あるロシア人のピアニストの演奏会に行ったときにも同じ現象が起こり、残念に思いました。
私はいつもホール2階席の一番後ろで聴く習慣があるのですが、そのピアニストの演奏は、基本的に打鍵が深いため音色の幅が狭く、特にフォルテの和音になると、下部雑音が混ざってしまい、音は伸びなくなり詰まってしまうのです。
その逆に、下部雑音を鳴らさないように、鍵盤の浅いところを狙って弾かれた演奏は、倍音が豊かに鳴り響き、ホールの空間がその多彩な音色の響きで包まれ、当然、聴衆も全身で響きのシャワーを浴びている感覚になります。この感覚は至福の時と言わざるを得ません。
例えば、ディーナ・ヨッフェ先生、マキシム・モギレフスキー先生は基本的に下部雑音が混じらないように演奏するように思います。そのほか、グレゴリー・ソコロフも下部雑音は鳴らしませんし、ミハイル・プレトニョフ、ウラディミール・ホロヴィッツの両者も生で聴きましたが、下部雑音はほとんどなく、倍音が空中に広がり色彩感豊かな演奏をしていました。
また、CDなど機器を通してしか聴いてませんが、ゲンリッヒ・ネイガウス、スタニスラフ・ネイガウス、ウラディミール・クライネフ、アレクセイ・ナセトキンなどのネイガウス流派のピアニスト(ネイガウス流派でも下部雑音が多いピアニストはたくさんいます)。そのほかに思いつくところでは、ラン・ラン、ダニール・トリフォノフなどは、下部雑音が少ないように思います。
私自身は、やはり、この下部雑音がなるべくしないように生徒にレッスンをしておりますので、私の生徒たちの演奏には、基本的に下部雑音は含まれないのです。基本的というのは、音色の1つとして、あえて深い打鍵で下部雑音を含ませる音というのもありますが。
ですから、私が教えている生徒が、他の日本人の先生のレッスンを受けると、十中八九、その音は何?なんでそんなに腑抜けな音で弾くの?もっとしっかり弾きなさい!と言われてしまうのです。
このことは、何を以て良い音ということの認識の違いであり、私からしてみれば、下部雑音を含まない美しい音を鳴らすということは、音そのものがもつ奇跡とでも申し上げたいことなのですが、このことを認識しているピアニストやピアノ教師は、日本ではまず少なく、世界に目を向けても残念ながら同様のことなのです。
私を含め下部雑音が混じった音に美を感じないピアニストや教師にしてみれば、演奏するうえで何よりもまずやらなくてはならないことであり、この日本のピアノ界において、この教育を全うすることは、正直、実に困難で大変なこととして日々、痛感しております。
下部雑音を鳴らして、しっかりした良い音とされている日本の教育現場は、私からすると、もう何とも言えない、言葉さえ失う現状に他ありません。
それに加えて、ロシア人ピアニストであっても、下部雑音が鳴ってしまう深い打鍵のピアニストや教師は大勢いますので、ロシア人ピアニストと聞いても、演奏を聴いてみるまではわからないと思ってしまいます。
このことは、残念ながら世界的に見渡してみても、ごく一部のピアニストやピアノ教師だけしか感じていないのが現状ですから、ロシア人ピアニスト=美しい音と連想される方も大勢いらっしゃると思いますが、必ずしもそうではないことをお伝えしておきたいと思いました。
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