以前の章で、私の生徒の弾くシューマンのクライスレリアーナの演奏について申し上げましたが、その演奏は響きで音楽を作るということが、どういうことなのか?を実践してくれました。

 

言葉で表現すると「響きで音楽を作る」としか申し上げようがないのですが、それが実際にどういうことなのか?というのは、感覚的なことで、そのような演奏をするピアニストのリサイタルに行って頂くほかないと思います。

 

しかし、敢えて皆さんに、そのことについて申し上げたいのは、もし、皆さんが、そのような奏法に変えることが出来たとしたら、その時には、今までになかった、感じることが出来なかった演奏する喜びが待っているという事だけは自信を持って申し上げることが出来ます。

 

楽譜というのは、言ってしまえば、記号です。もちろん、8分音符は8分音符として、もちろん認識するわけですが、響きの奏法に変わった時に、8分音符がただの8分音符ではなくなるのです。

 

そこには、例えば、色が感じられるようになり、重さや長さもそれぞれに感じられるようになります。

 

そして、それによって、一番感じられるようになることは、「自由さ」だと思います。楽譜と自分の間で、考え練られた作品の解釈が、その次元では思いもつかなかった、その範囲を超えた自由な解釈や斬新な解釈が、自然に浮かんでくることになります。ですから、楽譜を読んだだけで解釈を決める譜読みではなく、実際に弾いてみて、響きを生み出して初めて感じられる解釈であり、それを行ったうえでの譜読みです。

 

そして、その「自由さ」の感覚の中に、ピアノという楽器を扱うという意味で、身体的な「自由さ」を感じることが出来るようになります。楽器と格闘するようなことはなく、イソップ物語の「北風と太陽」のごとく、それまでの奏法が北風のようだったと感じることとなり、ピアノという楽器は太陽のごとく、無理やり弾くのではなく、優しく扱わなければならいということを実感することになります。

 

それにより、新たに生まれる感覚が、楽器との対話です。それまでを考えると対話しているつもりでも、対話ではなかった、一方的に自分の思いや考えを楽器に押しつけていたという事に気がつくのです。

 

「響きで音楽を作る」「響きで演奏する」という言葉が意味する、実際の感覚は、それが出来てみて初めて分かるものなのですが、今申し上げたようなことは、ほんのごく一部であり、様々な違いがあるのです。

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