最近、ホロヴィッツを聴き始めて思う事が色々あります。

 

以前の章でも触れましたが、彼の演奏の魅力についてです。彼に対する賛辞の言葉に対して、私は少々異論を持ちます。

 

彼の演奏の技巧的な部分ばかりが取り沙汰されているように感じられてしまうのです。

 

確かに、彼の演奏を聴いていると、その技巧に圧倒されます。それゆえか、彼の演奏は知的ではないという批判的な言葉もあるほどです。

 

私の個人的な彼の演奏の1番の魅力は、変幻自在な音色の変化、倍音を生み出すタッチにおいて実践されている自由で自然な音楽にあると思うのです。

 

古い録音などでは、その魅力が聴き取りづらいのですが、昔、生の演奏を聴いた私には、録音を通して、彼のホールに響き渡る、浮かび上がる、そして、それが空間で絶妙に混ざる演奏であることが想像できるのです。

 

これは、ミハイル・プレトニョフの演奏会に行っても同じ感覚を味わう事が出来ます。

 

このことは、ロシアピアニズムならではの特徴であり、他のピアニズムの演奏には残念ながら存在しません。

 

次に思う事は、非常にロマンティックな演奏家であるという事です。

 

近年、このようなロマンティックな演奏をするピアニストは残念ながら少なくなってしまったと感じます。

 

時代の流れなのでしょうか?100年ほど前のヴィルトーゾの時代の演奏様式を継承した演奏とも言えますし、昨今では、なかなか聴くことが出来なくなってしまったピアニズムの演奏ではないかと思います。

 

しかし、そんな偉大なホロヴィッツの影響を少なからず受け、ロマンティツクな演奏を継承しているピアニストもいると思います。例えば、アルゲリッチ、プレトニョフ、スルターノフ、ラン・ラン、ガブリリュクなど。

 

音楽の本場と言えば、ドイツやフランスを代表に西ヨーロッパですが、ことピアノ演奏に関しては、その後のロシアに移り、そこからアメリカへと移って行ったのだと思います。その認識が低い我が国のピアノ界に対して、私は憤りを覚えます。

 

いつまでも西ヨーロッパに目を向けている場合ではないと感じます。そもそもスタインウェイという楽器に関してですが、ドイツのハンブルク・スタインウェイではなく、ニューヨーク・スタインウェイが先に作られ、20世紀の巨匠時代を築いたのだと思います。その歴史的事実の認識がないのは問題ではないでしょうか?もちろん、舞台は西ヨーロッパではなくアメリカなのです!!!

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