最近のレッスンでのことです。



「バッハのポリフォニーはどうやって弾くのですか?」という質問。



私が、どう説明すれば理解できるのか?頭脳を総動員して考え説明に困っていると、助手を務めてくれている佐々木崇(東京芸術大学ピアノ科講師)が、私の代わりに答えてくれました。



「写真を撮る時にあるものに焦点を当ててフォーカスしますよね。その焦点が当たっている物が例えばテーマだとします。実際には焦点を当てていない部分も、視界に入りますよね。ということは、テーマ以外の声部も、その視界に入っているような感覚で聴きます。」



というような説明でした。上手く表現してくれて、私はとても頼もしく思ったものです。



そうなんです。グレン・グールドやタチアナ・ニコラーエワ先生のバッハは特別であり、あのような演奏、すなわちすべての声部が聴こえている演奏というものは、一般には不可能だと思います。



一般の方は、他の声部が視界に入る程度のイメージで耳に聴こえればよいと思いますし、ましてや、焦点を当てるのがテーマでなくても良いのです。



 


昨日のレッスンにおいて、ある生徒がモーツァルトの幻想曲d-mollを持ってきました。



曲の途中、左手に長いバス音があり、右手は半音階で上昇するパッセージの部分において、彼女の耳は右手のパッセージを主に聴いていて、左手のバスの音は聴いていないのが演奏から感じ取れました。



そこで示唆したのは、長い右手のパッセージよりも、まずは左手のバスに焦点を当てて聴くようにし、最後の2,3拍分だけ右手に焦点を変え、聴くように言いました。そうすると、低いバスの音がしっかりと存在したまま、上昇するとともにクレッシェンドをする右手のパッセージが綺麗に聴こえてきました。



このように、ポリフォニーのような複雑な作品でなくても、焦点の当て方を変える、すなわち、聴く音を変えるだけで、その部分の表情は変わってしまうのです。



これは非常に興味深いことだと思います。



以前の章でも申し上げましたが、音を鳴らす瞬間から音が消える瞬間までを意識する、それはテクニック的にも耳の使い方も含めてのことですが、それがロシアピアニズムの教育の特徴であり、それ以外のピアニズムの演奏を聴いていると、私の耳には音を鳴らす瞬間にしか意識が及んでないので、鳴った後はどうでも良いというような、ある意味でだらしのない演奏に聴こえてしまうのです。残念ながら巨匠と呼ばれるピアニストの演奏であってもそうです。



総じて、音を鳴らす瞬間、そして鳴っている間、音が無くなる瞬間まで耳が音の響きを追ってなくてはならず、例えば、音の鳴る瞬間の練習とは逆に、音の消える瞬間も練習することは大切であり、なおかつ、焦点を当てて聴く音もあれば、焦点を当てないで聴く音もあるという事です。



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