先日、私は新しくイギリス製のスピーカーを買ったことを述べました。
その時の感想と基本的には今も変わらないのですが、より深く色々なことを感じるようになりました。
それは、CDという音源の中には、想像できないほど色々な情報が入っていますが、残念ながら、日本製のスピーカーではその情報の一部しか再現できていないのではないか?ということです。
例えば、録音にもよりますが、イギリス製のスピーカーで聴いていますと、ペダルの踏み替えの音や、その瞬間に生じるかすかな響きの違いも聴きとれるのです。
また、オーケストラと共演している協奏曲など聴いていると、オーケストラの中に立って聴いているような錯覚を覚えますし、それぞれの楽器の存在もより濃く出てきますので、ピアノ独奏も含め、音そのものより、響き、ハーモニーが聴き取れるのです。
私の生徒の1人が言うには、例えば、プレトニョフの演奏を挙げて、今までの彼の演奏というものを考えた時に、その演奏は彼独自の特殊な世界であり、その世界は、その生徒にとっては、特別な意味も持たない存在であったのが本音でしたが、私の購入したスピーカーで聴いてみると、特別な意味を持たないどころか、その逆の印象を持つこととなり、プレトニョフが実際に何を演奏において再現しているのかの細部にわたる部分を聴き取れることにより、その演奏は、非常に説得力を持ったものとして聴きとることが出来るようになったのです。
演奏家が、実際に何を行っているのか?その1つとして、どのような音色の変化を再現しているのか?ということが、今回購入したスピーカーにおいて聴き取れることが出来ると言う事は、それぞれの演奏家の特徴を等身大に近く、より感じることが出来るようにもなりますし、先に申し上げた、ハーモニーの世界、言い換えるならば「倍音」の世界が聴こえてくるのです。
このことは、学生にとっても非常に勉強になるわけで、もし、「倍音」を聴く習慣がない学生ににしても、「倍音」が聴こえだすのではないか?と思います。そのような学生も含め、私たち音楽家は、美しい響きというものを追い求め続けることは大切なことであり、いつも美しい響きのシャワーを浴びることによって、その人の耳はより聴こえてきますし、極論ではありますが、世の中に存在する楽器演奏においての美しくない音も多々存在するわけで、そのような演奏は、なるべく耳にしない方が、耳の感覚というものは簡単にずれていくと思いますので、よろしいのではないかと思った次第です。
余談ではありますが、私が購入したあるメーカーのスピーカーと同じスピーカーを、既に4人の生徒が購入し、その数はまだまだ増えそうです。
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