音楽の本場、ドイツでのことです。
1つ思うことがあります。日本人の学生の大半は、本場西ヨーロッパに無意識のうちにと言ってよいでしょうが、憧れのようなものがあると思います。
偉大な作曲家が次々に生まれた西ヨーロッパ、中でもドイツに留学する人たちは後を絶ちません。
ドイツの文化、自然の中に住み、ドイツ語で話し、ドイツ語でものを考える。本場ドイツ人の先生に習って、本場ドイツの音楽を学ぶ。そんな生活をしてこそ、クラシック音楽が理解できる、というようなことを思う人は多いと思います。
そこでふと思うことがあります。私は、皆さんご存じのようにロシア・ピアニズムに傾倒しております。ですから、ドイツで生まれたピアニズムに基づくピアノの奏法よりも、ロシアのピアニズムに基づく奏法を好んでいます。
もし、ドイツにおいて、ドイツの音楽大学において、もちろんドイツ人の教授はたくさんおりますが、そのドイツ人の教授たちが、それを認めなければ、そうはならないという事があります。
その、それとは、本場ドイツにおけるロシア人の教授の存在です。
私が留学していた頃はもちろん、今現在はそれ以上のロシア人の教授がたくさんいるという事実です。例えば、ケルンのパーヴェル・ギリロフ、ワシリー・ロバノフ、ベルリンのエレーナ・ラピツカヤ、ミュンヘンのエリソ・ヴィルサラーゼ、ハンブルクのエフげニー・コロリオフ、エッセンのボリス・ブロッホ、デットモルトのアナトール・ウゴルスキなどなど。
このことは、もちろんドイツ人の教授たちが認めているから、ロシア人の教授たちがドイツにおいて存在できるのです。
本場ドイツにおいて、ドイツ人教授だけで固めるのではなく、ロシア人を認め、教授職をさせているドイツの現状を考えた時に、非常に興味深いことだと思います。
単純に考えて、日本人がドイツやドイツ人のことを思う考えよりも、本場ドイツ人の方が、はるかに頭が柔らかく、良いものは良いと認めている証拠ではないでしょうか。
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