世界の演奏家、教師達の殆どのレガートの概念。これは大きく分けて2種類あると感じます。



指で繋げてレガートとする考え方と指でつながっていなくても響きでレガートを作る考え方です。



私の印象からして、指で繋げるレガートが世界の大半ではないか?と思います。



これは、ロシア人のピアニストや教師においても同じことを感じ、その大半は指で繋げてこそレガートとする考え方が多いように感じます。



指で繋げるレガートと響きで作るレガートの違いの基本は、その奏者が音の基音を聴いているのか?もしくは倍音を聴いているのか?ということだと思います。



私自身は、基音を聴いて指で繋げるのではなく、倍音を聴いて、言ってしまえば耳で繋げるのが理想のレガートであると思っています。



ゲンリッヒ・ネイガウスの古い録音を聴いても感じられますし、ネイガウスを頂点としたその弟子たち、孫弟子たちにも、その甘味でとろけるような響きのレガートが受け継がれているように思います。もちろん、例外のピアニストもおりますが。



そこで1つ思ったことがあります。



大変意地悪な考えかもしれませんが、指で繋げてレガートとするピアニストや教師達のことを思った時に、1つの矛盾を感じるのです。



それは、単旋律では、ある意味可能なことかもしれませんが、和音やオクターヴの連続でのレガートはどうするべきか?ということに考えが及んでいないように思います。



指で繋げなけれがレガートではないとする考え方であれば、和音やオクターヴではレガートは不可能という矛盾が生じると思います。そのような考えのピアニストや教師たちは、和音やレガートではどうやってレガートをするのでしょう?そのやり方では私も出来ません!!!



実際に、あるロシア人教師が、私の生徒たちに指で繋げてレガートをしなさい!とレッスンしている状況に接したことがありますが、その生徒の演奏は、指示された通りに指で繋げ始めたとたん、響きのレガートでなくなってしまい、その演奏に響きの空間が出来上がらなくなってしましました。



このことは非常に残念なことだと思いました。



何を持ってレガートとするか?という基本的なところを認識していないと、その演奏は、例え、奏者の頭の中でどんなに広く深く音楽を捉えていたとしても、残念ながら、その考えや感覚は演奏には反映されないのではないでしょうか?



日本人ピアニストや教師達を含め、全世界的に認知度が低いことであり、とても残念なことだと思います。 


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