昨日、のレッスンにおいて思ったことです。生徒は今日リサイタルを行うのですが、前日だと言うのに、私の中で彼の演奏に対する欲求が芽生えました。
なんとかして、明日のリサイタルでもっと美しい響きが出せないだろうか?今の彼の筋力でも出せるはずだという、何か確信を持ったのです。
私の求める美しい響きとは、あのソフロニツキーの響きでもなく、フェインベルクの響きでもなく、まさにゲンリッヒ・ネイガウスの響きであり、それはこれ以上柔らかい響きはないのではないかと思わせる甘くロマンティックな響きであります。
そして、あーでもない!こーでもない!出来たと思ったら、また出来なくなるという試行錯誤の繰り返しで、3時間!!!ブラームスの5分の1曲を取り上げ、しつこくしつこく美しい音の探究が行われたのです。
鍵盤の深さは、たったの9ミリしかなく、その9ミリの中で、すべての音のコントロールは決まってしまうという、何とも繊細な神経を使う音色の探究です。その感覚は、鍵盤を弾いてはいるのですが、弾いているのではなく、鍵盤に指を置いて行くという不思議な感覚であり、それが出来たときに出始める倍音のヴェールをまとった響きなのです。
そして、その甲斐あってか、だんだん美しい響きが出始め、最終的には色とりどりのブラームスになったのです。
その響きが出てきた瞬間、私の感覚になぜか?時空を超えた響きのように聴こえ始めたのです。それは、ブラームス自身がその曲を作った、約100年以上前になっていた響きが、時空を超え今の私に聴こえてくるという感覚です。
今光っている星が、想像を絶する時間を経て、今の私たちには見えるのですが、既にその星は存在しないということに似ていると思います。
約100年以上前になっていた響きが、時空を超えて聴こえてくると思わせる。
なんとロマンティックな世界でしょうか!!!
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