元旦までの私は、ある種の基本の音色、発声を好んで弾いていました。
「ました」と申し上げたのは、それはもう既に過去のことで、1月2日の練習において、私は新たなタッチの発見をしました。
そのタッチによって出てくる響きは、今までにないほど色彩感に富み、その表現は、これ以上なめらかなレガートは存在しないのではないか?と思ってしまうほど、弾いている私自身の体感として、何とも心地よい音色が出ました。
それから数日、今日の練習において、また別のタッチが思いついてしまい、違った響きを好んで弾いていました。
鍵盤を扱う観点から申し上げるとすれば、両者は非常に柔らかく、優しく鍵盤を扱うということが共通しております。
イソップ物語の「北風と太陽」ならば、まさに太陽のごとく、優しく触れるだけで、ピンポイントで鍵盤の一番響きが出るツボに触れるだけです。その感覚は鍵盤の上から2,3ミリを狙って打鍵するという感じでしょうか。
両者の大きな違いは、手の中の筋肉の状態にあります。1月2日のタッチは、手のひらから指先までの筋肉を弛緩した状態で、支えるべき腕の筋肉や上半身のある部分で支え、腕全体の重みを使います。
それに対して、今日のタッチは、手のひらから指先までの筋肉を緊張させた状態にしました。指先を針先のごとくに鍵盤に触れるのです。それにより、1音1音が引き締まった響きになったのです。
音色などというものは、非常にあいまいで感覚的なことですが、確実にその違いは存在し、年明け早々の私にとって、思ってもみなかった発見の喜びと同時に大げさかもしれませんが、悩みも生じてしまったのです。
「もうわかった!」ということはないのが芸術の道です。元旦までの私と、翌日の私の感覚は大きく変化し、そして今日です。
正直、今の私は、どちらが私自身の求める響きなのか?悩んでいます。
なぜならば、教える立場の私としては、確信を持って生徒に示唆しなければならないからです。
もちろん、頭を柔らかくして捉えるならば、どちらでも良いことで、その生徒の自由に任せるべきなのかもしれません。
年頭にあたり、早くも壁にぶち当たった感です。(笑)
まあ、それが芸術というものなのでしょう。明日の私は、また別のことを思う、感じるかもしれないのですから。
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