みなさんが、ロシアピアニズムのイメージをした時に、そのイメージは様々だと思います。
私のこれまでのピアノ人生で、交流を持ってきたロシア人ピアニストや他国籍のロシアピアニズムの奏法のピアニストやピアノ教師達と接してわかったことは、それぞれ異なるという見解です。ただし、根幹となるベーシックな部分は共通していると感じます。
その違いとなる物差しは、音に含まれる基音に対しての倍音の量の違いで測ることができます。
倍音が多いほど、明るく華やかで、とろけるような柔らかい響きになるように感じます。
私が思うに、例えば、ゲンリッヒ・ネイガウスの古い録音を聴くと、とろけるような甘味世界を感じます。
師匠であるゲンリッヒ・ネイガウスが、そのような演奏であっても、その弟子たちすべてが同じような演奏をしたわけではないことも感じます。
例えばスビャトスラフ・リヒテルは、むしろ基音を大切にしている演奏であり、その響きには華やかさはなく、むしろ彼自身が意図的に排除していたのでは?と思わせる、また違った魅力、それは深い響きとでも申しましょうか、そのような魅力があるように思います。
私自身の過去を振り返っても、紆余曲折があり、様々な時期を経て現在がありますし、この先もまた求めるものは変化するかもしれません。
私の生徒たちを見ても、10年以上私のもとで修行してきた数人の生徒たちの演奏は、同じように教えてきたにもかかわらず、結果として、それぞれがそれぞれの個性を持った演奏をしています。それぞれの好む響きというものは異なり、ベーシックな部分は共通していますが、私自身もそれで良いと思っております。
実際に皆さんが実際にロシアピアニズムの音に接しても、その印象はその奏者や教師により、異なった印象を持たれると思うのです。
そのようなことから、私自身の中でロシアピアニズムの響きはこれだ!という狭い感覚ではなく、これもそうだがこれもある、でも自分自身が今求めているのはこのへんかな?という感覚でおります。
ですから、皆さんもロシアピアニズムという言葉をイメージをした時に、狭い範囲で捉えるのではなく、広い感覚を持って、ロシアピアニズムの音と言うものに接すれば、例えば、私自身がそう思っていたから、念のため申し上げますが、ご自身の中でのロシアピアニズムの響きに対する迷いのようなことはなくなると思います。
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