音楽の3大要素の中に「リズム」があります。リズムというのは、非常に感覚的なことであり、こればかりは教えられるものではないと感じます。



確かにソルフェージュ教育で、ある意味での正しいリズムというのを身体の感覚にしみ込ませることができますが、それはある意味での正しいリズムであって、本当の意味での音楽的なリズム、生きたリズムではないと思います。



このことについては、残念ながらプロの演奏家でも無頓着な方が多く、これもまた残念ながらアマチュアの方にも多く見受けられます。ソルフェージュ教育を受けているプロの場合は、ソルフェージュ的に正しいというリズムで弾き、ソルフェージュ教育を受けていないアマチュアの方は、ソルフェージュ的にも正しくない場合が多く見受けられます。極端な例ですと、ホロヴィッツが好きな方が、ホロヴィッツの崩したリズムを真似することがあります。本来の正しいリズムというのを知らずして、真似をするわけですから、それはご自身の身体の内側から生まれたものではなく、外から貼り付けたようなものであり、残念ながら、出鱈目と言わざるを得ません。



音楽的で生きたリズムというのは、楽譜には書き表すことができませんから、非常に抽象的な感覚的なことで、リズムというのを追求しだすと頭がおかしくなってしまうのではないかと思うほど、実は厄介で奥深いことなのだと思います。



例えば、ウィンナーワルツをウィーンフィルが楽譜通りに弾いているでしょうか?あのリズムは楽譜には書き表すことが出来ない例の1つです。



それでは、16分音符が上行し下行する場合はどうでしょう?上行のパッセージと下行のパッセージでは、違う感覚で表さねばならず、それが均一に、しかも同じ音色で弾いてしまう。所謂、粒をそろえてしまうと生きた音楽にはなりません。これはテンポも含めたリズムが一定でない、一定に弾いては生きた音楽にはならないということを物語っています。



次に、3連符を考えてみましょう。3連符は4分音符に対して3拍なわけですから、当然割り切れません。ですから均等に弾くことは不可能なわけです。一般的に3連符の1つ目の音で拍の頭を合わせ、つじつまを合わせて弾きますが、それではソルフェージュ的に正しいだけのリズムでしかありません。



このことはケースによるのですが、例えばショパンのマズルカに出てくる3連符の場合、1つ目の音に強いアクセントを感じ、結果として1つ目の音が他の音に比べて非常に長くなります。ただし、長くしただけでは残念ながらショパンにはならないと思います。そこには音色の変化というものが大きくかかわっており、それぞれの音が違う音色でなければならないと思います。



そのような3連符の表し方もあれば、2つ目の音を長く弾くべき、感じるべき時も多々あるのです。



以上のことは理屈にすぎず、本来は頭で考えて処理することではなく、身体で感じて自然に弾くべきことであり、冒頭でも申し上げましたが教えることが不可能な領域であると思います。



ソルフェージュ的に正しいリズムで弾かれても、それは生きた音楽にはならず、ある意味ではソルフェージュ的に正しくないリズムで音楽というものは成り立っていると思います。 


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