先日、ある生徒のレッスンをしていて思ったことなのですが、その演奏、その生徒の出す音の響きの美しさに、なんともいえない心地よさ、敢えて例えるならば、ベルベットのような光沢のある、私の琴線に触れる響きと申しましょうか、ピアノという楽器から鳴っているのですが、何か、その楽器からなっているとは思えない、どちらかというと人の声のような性質を持った響きであり、昔、ニコラーエワ先生の音を聴いた時の感動を呼び起こさせるような響きなのです。
私の知る限り、このような類の響きはロシアピアニズムの特徴であり、改めて、私がそのような響きに惹かれることを実感しました。
以前にも申し上げましたが、このような響きが聴こえる、誰にでも聴こえないのが残念であり、不思議なことにも思います。あのニコラーエワ先生の極上の響きが、その場に居合わせた受講生全員に聴こえていなかったであろうことは想像できますし、聴こえる人にしか聴こえない、もしくはそのようなレッスンや音源を聴くうちに、だんだん聴こえてくるというのが現実なのです。
私は、この20年間、そのような響きを追い続け、そして、出来るならば生徒全員にそのような響きが出せるようになることを願いつつレッスンしてきましたが、残念ながら、その領域に達した生徒は数少ないのです。
先に申し上げました、ロシアピアニズムの特徴でありますが、さりとてロシア人ピアニスト全員が持っていないのも現実です。ですから、ある一部のロシア人、もしくは、ロシア人でなくても、ある一部のピアニストだけが持っている、響きの観点から考えた、ある種の上流社会のようなものが、全世界のピアノ界には存在するのです。
先日催された、ロシアン・ピアノスクールin 東京で、パーヴェル・ネルセシアンが極上の響きをレッスンで出していたと思いますが、その響きを聴きとることができた受講生、聴講した方は残念ながら少ないことは予想がつきます。そこには、自分自身の音と同じであるという、大きな誤解に基づいた、ある意味では慢心であり、日本のピアノ界の教育の結果なのかもしれませんが、響きを聴くという耳の使い方が出来ない、その結果、真のレガートを知らない、真のレガートが出来ないのが現実で、非常に残念なことだと思います。
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