このことについては、非常に個人的な、そして感覚的なことですので、申し上げるのが多少、はばかれるのですが、結論から申し上げましょう!語弊があるかもしれませんが、私は少々、適度に調律がくるった状態のピアノが好きなんです。理由は、その方がおもしろいからです!(笑)



私自身、今までのピアノ人生において、多分3,40人の調律師の方々にお世話になってきました。どのような調律が良いとか、好きなどということは、非常に個人的なことであいまいな領域だと思います。



1つ感じるのは、日本に於いて良いとされている調律とヨーロッパに於いて良いとされている調律は、いささか異なっているように感じます。



日本で良いとされている調律、全ての調律師さんの調律のことではありませんが、大半の調律は、正直、音が合いすぎているように感じます。まるで歯並びが良いかのごとくに全部の音がそろっているのですが、残念ながら、そのような状態の調律ですと、音色の変化が出ないのです。なぜならば、どうやって弾いても音が伸びないからです。



日本の調律師さんの大半が、そのような音づくりをしているように感じます。ですから、そのような状態のピアノでは、演奏者である私は何もできない感覚、窮屈な服を着ているような感覚になります。



それに比べて、日本に於いても、少数派だと思える調律は、先ほど申し上げたような状態とは異なる、音はもちろん合っているのですが、ある意味でそろいすぎていない状態であり、もしかすると、人によってはくるっていると感じてしまう方もいるのではないか?と思う調律です。(笑)そこには、倍音豊かで、弾いていて窮屈な感じがありません。



冒頭でも申し上げましたが、そのような調律の方が、私にとっては、色々な音色が出ますので、非常に面白いのです。



ここまで述べたことを感じるようになったのは、私自身がロシアピアニズムを追求していく段階に於いて、色々な音色を出せるようになったからであり、以前の私ですと、そのような物差しがない状態でしたので、調律が終わった時に、調律師さんに弾いてみてください!と言われても何が良くて悪いのか?が何もわからなかったのが正直なところです。(笑)



1つ大切に思うことは、ご自身の中に、そのような物差しである、音に対する感覚を持つことだと思います。もちろん、ピアニストたるもの、どんな調律であっても、その調律の中で出来ることを最大限に表現することが大切でありますが、私個人としては、少々音が合っていない状態を好むということです。



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