日本での学生時代は、今から思えばドイツ系のピアニズムの教育を受けてきました。でもそれは、ドイツ系というより、ドイツ的なと申し上げた方が的を得ているような気がします。なぜならば、実際に同じドイツ語圏であるドイツの隣国、オーストリアのザルツブルクに長らく住み、その地のモーツァルテウム音楽院に在籍し、ドイツ人ピアニストのアルフォンス・コンタルスキー先生のレッスンを毎週欠かさず何年間も受けましたので、それまでの私の中の、(当時の私自身も自分がドイツ系のピアニズムを勉強してきたという自覚があったのですが)ドイツ的なものは、あくまでもドイツ的という言葉の通り、ドイツ的であっただけで、ドイツ系そのものではなかったのです。



コンタルスキー先生のレッスンを受け始めて、楽譜の読み方の根本から徹底的に覆されたと申しましょうか、それはそれで私にとっては革命的なことでした。ドイツの伝統というものの本質を知ることとなったのです。それは、今現在の私のロシアピアニズムに傾倒している感覚に、今でも少なからず影響が残っていると感じますし、当時の私の目指す演奏は、これ以上ドイツ的なものはないのではないか?と思えるほど、ドイツのピアニズムにすっぽりと浸かっていました。



弾くのも聴くのも、モーツァルトを中心にドイツ作品ばかりの日々が何年も続いたのです。その時の私にとって、同じロマン派でも、シューマンやブラームスなら興味は持つことができても、ショパンやリストには全く興味もわかない日々でした。それほど、骨の髄までドイツ作品にしか興味が湧きませんでしたし、それはそれで幸せなことだったと思います。それによって、私の中にドイツ語という言葉とともに、ドイツ系のピアニズムが感覚として私の身体に染みいったことは、今となっては大きな財産なのです。



その間、ドミトリー・バシキーロフ、タチアナ・ニコラーエワ先生たちとの出会いがあり、そしてその後の、やはり同じロシアピアニズムを継承しているイギリス人ピアニストのマイケル・ロール先生との出会いも含め、ロシアピアニズムに傾倒していくこととなりました。しかし、それは私にとってはいばらの道を歩むこととなったのです。私が順風満帆に歩んできたと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、現実はそんな生易しい道ではありませんでした。



モスクワ音楽院教授ともなると、手とり足とり教えて下さらないのが現実で、ロール先生のレッスンも含め同じことでしたし、私は目の前にあるごちそうを見せられるだけの空腹状態で放置されたに等しく、基本的には自分で試行錯誤を繰り返しながら、盗みとらねばならないというのが現実でした。ですから、当初の私は何も分からず、CDでロシア人ピアニストの響きを聴いては、自分が何もできない現実、遠い異国の地で途方に暮れる毎日である、自分のおかれた現実に涙もたくさん流しました。声をあげて泣いたものです。そして、実際に自分の目で見た手の使い方や、音で聴いた響きを記憶に帰国せねばならない運命でした。奥深い物事ほど、そんなに容易く手に入る、身に付くものではありません。大げさかもしれませんが、私にとっては自分のピアノ人生をかけた、将来的な生活の安定、キャリアを積むことを捨て、死ぬ思いで、その記憶を頼りに、基本的には自力で這い上がってきたに等しいのです。もう後戻りはできない状態に自ら飛び込んで行きました。ですから、この20年間は、とにかく前を向いて歩むことだけを考え、その間、生徒たちが慕って習いに来てくれることに勇気をもらい、とりわけディーナ・ヨッフェ先生との出会いから、多くのものを教えられ、諭され、彼女の温かい心に支えられ、やっとここまでたどり着いたというのが正直な気持ちです。



それはさておき、今現在の私の中での理想とするピアニズムは、基本的にロシアピアニズムなのですが、純粋にロシア的というよりも、ドイツとロシアを融合させた感覚、もしくはオーストリアとロシアを融合させたと申し上げた方が、より的確かもしれませんが、そのような感覚が私の理想であり、私の中に存在する感覚のような気がします。



逆から申し上げれば、純粋にロシア的でもありませんし、ドイツ・オーストリア的でもないともいえます。



思うに、私の中で行き着いた結論というのは、あまりにもロシア的な演奏やあまりにもドイツ、もしくはオーストリア的な演奏というのは、それぞれに魅力がありますが、それはある意味で、ローカルな演奏であり、インターナショナルな感覚の演奏とは異なるということです。



そこで思うのが、例えば私の大好きなマルタ・アルゲリッチの演奏を思い浮かべますと、ピアノという楽器の扱い方、響きの種類からロシアピアニズムの香りがしますが、作品の解釈という点では、ドイツ・オーストリア的な香りがするのです。でもそれは、あくまでも香りであり、彼女の演奏は彼女自身であり、非常にインターナショナルな感覚、領域の演奏だと感じます。



同じく、私の大好きな内田光子氏の演奏からは、オーストリア的な香りと日本女性の持つ繊細な、それも「わびさび」のような世界、はかなげな香りが、特に彼女のモーツァルトやシューベルトに存在します。それは、オーストリア的な感覚や日本的な感覚の香りをもちつつ、やはりインターナショナルな世界であり、内田光子氏ならではの感覚、彼女自身であると思います。



そのようなことから、まず日本で私自身がドイツピアニズムを学んでいたと思っていたのが、実はあくまでもドイツ的という範囲にとどまっていただけで、真のドイツ的な領域を知ったのは、実際にドイツ語圏に住み、コンタルスキー先生のレッスンを受けるようになって、やっと理解できた感覚であるということ。



その後のロシアピアニズムに傾倒していったとはいえ、私の中のドイツ的な部分を捨てたわけではなく、その要素を残しつつ、確固としたドイツ的な作品解釈とロシア的なピアノの扱い、響きを織り交ぜたような感覚を基に、国籍や民族を超えたインターナショナルな感覚の演奏とは何か?ということを目指しているように思います。それは、ロシアピアニズム、中でも「ネイガウス派」の影響を受けることができ、そしてその世界に惹かれているという、実は一言では言い表すことが出来ない色々な要素が入り混じった感覚なのです。



最近の私は、ネイガウスーナウモフ系列のピアニストにより注目しております。中でも、実際に親しく交流させていただいているアンナ・マリコヴァ先生やイリヤ・イーティン先生、マキシム・モギレフスキー先生をはじめ、ナウモフ系列ではありませんが、ディーナ・ヨッフェ先生、パーヴェル・ネルセシアン先生たちの音楽観、演奏に惹かれていますし、彼女、彼らからの影響は大きいと感じられます。



今挙げた先生方の演奏にはロシアピアニズムを基本にインターナショナルな領域の世界を感じさせてくれる要素があるのです。



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