J.S.バッハやヘンデルが活躍した17世紀後半から現在に至る300年余りの時代の変遷の中で、職業音楽家の在りようは多様に変化を遂げてきたと言えるでしょう。その一つが、20世紀中頃より顕著になってきた(あくまで私の漠然とした感覚ですが)作曲家と演奏家の分業化であり、そしてさらに枝分かれした専門分野の一つとして、教師という職業の存在が挙げられると思います。
勿論全ての音楽家がそうであったわけではありませんし、逆に稀な事なのかも知れませんが、例えば先にあげたJ.S.バッハは、これが一人の人間が成した仕事なのかと畏怖の念すら感じさせる、膨大かつ深い精神性を湛えた作品を遺した偉大な作曲家であると同時に、秀でた教会オルガニストであり、また優れた教師でもありました。バッハについて語る事がこの小文の目的ではないのでここでは詳しくは述べませんが、例えば「インヴェンションとシンフォニア」を紐解きその序文に目を通してみるだけでも、バッハが鍵盤楽器を習得する若い音楽家に何を求めていたのか ― 教育者としての鋭い感性と英知が見て取れるのです。少し時代を進めてみると、F.ショパン、F.リストの二人もまた、作曲家、演奏家、教師の三役を稀に見る高い次元で持ち合わせていた音楽家でした。
彼らがなぜそう在ったのか?なぜそう在る事ができたのか?
これはあくまで現時点で私が思う事ですが、時代の進行に伴い分業化の道を辿ってきたその三役が、実は本質的なところで分かち難く結び付けられている行為だからではないでしょうか。
私が大野眞嗣先生の下へレッスンに通うようになり、約2年が経ちました。
最初のレッスンで一通り私の演奏をお聴き下さった後、「良い音楽家だと思う。でもね、こういう音もあるんだよ」とおっしゃられ打鍵されたその一音。その深く美しい響きに一瞬で心を奪われた事は紛れもない事実なのですが、レッスンを重ねるにつれて、その音は大野先生の教師・ピアニストとしての核となるものではなく、先生の内に溢れるものを表現する為の一手段でしかないのだという事が、おぼろげに分かるようになってきました。
一つ、最近のエピソードをご紹介させて頂きたいと思います。
とある生徒さんの演奏に対して大野先生から意見を求められた折、私の拙い所見に対し先生は以下のような事をおっしゃられたのです。
「君が言ってくれたことは全部正しいと思う。ただ、僕が今考えていたのは、この生徒さんがどうして今そういう注意を受ける演奏をしてしまっているのかという事なんだ。具体的な、言ってしまえば枝葉の部分をアドバイスして演奏を整える事はできる。でもそれではこの生徒さんが持つ根本的な問題を解決することは決してできないし、つまりは彼の実力を伸ばす事もできないと思うんだよ。」
恐らく先生には全くそのような意図はなかったのだと思いますが、私はこの時、音楽に従事する人間として最も大切な事を諭され、また先生の教育・演奏両分野における確固たる理念を垣間見せて頂いたように感じました。
演奏家として作品と対峙する事と教師として生徒と向き合う事 ― 勿論それぞれにプロフェッショナルとしての異なる才能が求められるのもまた事実なのですが、一方で、共にその本質に切り込んでいかねばならないという観点においては、同義の行為なのではないでしょうか。また、自らの感覚を研ぎ澄まし献身的に物事の本質に迫るというのは、その表層に囚われなくなる分物事に対し限りなく自由な、柔軟な感性を保てるようになる事でもあります。そしてその自由さこそが、作曲、演奏、指導と言った特定の枠に限定されない全ての芸術的活動の原点であり、大野先生はご自身のレッスンにおいて何よりもその事を重要視されています。
音楽に携わる人間として、楽器を扱う事のみならず音楽そのものに対して自らがどう在るべきなのか。常に演奏行為の本質を問う大野先生のレッスンによって私は多くのものを与えられ、そしてその事に深く感謝しています。
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