昨今の学生、もしくは私自身の若い頃も同じだったかもしれませんが、とにかくレッスンを受けたがる人が多いように思います。


例えば、1回制のレッスンではなく、月謝の場合や学校でレッスンを受ける場合に多く見受けられます。そもそも、1回制の場合は、その都度レッスン料が発生しますから、そのようなことは起きないのですが、そうでない場合に少しでも多く受けようなどと思う、1回でも多く受ければ得だからなどと、レッスンを受けるか受けないかに損得勘定が入る人、こういう生徒は、お話しにならない!論外です!嘘かと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、本当にいるのです。そもそも、人間関係の間、ことに友人間や師弟間に於いて、そのような損得を交える人間が私は好きではありません!人としてどうかという次元であり、レッスンを受ける資格もないですし、そもそもピアノなどやる資格もない!ロシアピアニズムうんぬんなど100年早い!と思います。(笑)


そのような人は論外であり、ここで本当に申し上げたいのは、そのような損得勘定のことではなく、ただ純粋にレッスンを数多く受けたがる、受けないと気が済まない人についてです。


レッスンさえ受ければ、自分が上手くなれる、なったように思ってしまう勘違いの傾向を持つ人がいると思います。レッスンはあくまでもレッスンです。もちろん、レッスンは重要です。しかし、もっと重要なのは、レッスンとレッスンの合間の自分だけの時間の方が、その時間にどのようなことを考え、感じ、どのように過ごしたかが何よりも大切だと思います。ピアノを弾くということは、ただ単に技術的なことはもちろんですが、縦軸にも横軸にも広く見識を持たねばならないのです。もし全てのエネルギーを100だとすれば、レッスンなどは1か2程度なのかもしれません。それほど、ピアノを弾くということは、ピアノ以外の要素が必要であり、それによりその人の人生の中でどのステージにいるのかが決まってしまい、演奏にすべて反映されるのです。


現に私自身も未だにすべてが勉強だと思っております。たくさんの素晴らしい人格をお持ちの方々との触れ合いはもちろん、こと音楽に限って言えば、ピアノ音楽以外のまだまだ理解していない音楽やそれについての文献から多くのことを吸収したいと切望し、実践しています。つまりは何を見つめ、人としてどう生きるか?ということが芸術においては大きなテーマだと思うからです。


話はもとに戻りますが、教師の側は、一般的な授業とは違い、レッスンの内容に関して前もって計画を立てるものではなく、どんなレッスンになるは、その生徒がどのような状態にあるかで、決まることなのです。


ですから、レッスンに依存するのではなく、それ以外の時間にどう過ごすか?を大切に考えるべきだと思います。



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