これは、ある意味では私の偏見であり、書くべきことかどうか?迷いましたが、もしかしたら、これを読んだ方が、より一層ピアノを弾くことの真の楽しみを感じられるかもしれないと思い、差し出がましくはありますが、書きます。ここまで読んで嫌な予感がしたら、これ以上読まないでください。
それはアマチュアピアニストの方で、男性、高学歴な方に感じることです。普段のお仕事は、私の想像をはるかに超える過酷なものであると推察しますし、だからこそピアノを弾くことに楽しみや癒しを求めていらっしゃることでしょう。
企業や団体の中で仕事をするということは、察するに自分をある意味で捨てることではないか?と思います。それが当たり前の世界で日々過ごしていると、人間は必然的にそのような環境に染まっていきます。それはある意味で仕方がないことではあります。日本のように、世界の常識が日本の常識ではない、好き勝手に生きることが出来ない特殊な国に住んでいるわけですから。
私なんかは、フリーの芸術家として好き勝手に生きて、好き勝手に物事を考え、行動をしている、ある意味で反社会的な人生を送っていると思います。でも、だからこそわかる、感じられることもあると思うのです。
人と人との触れ合い、コミュニケーションという事を考えたときに、どんな人でも、嫌な人だとは思われたくないと思います。程度の差はありますが。
その点を考えたときに、自分の考えはもちろんですが、喜怒哀楽の自分の気持ちというものを表現しない方が多いように感じます。会って話していると楽しいし良い人だという印象は残っても、どんな人なのか?という印象が残らない場合が多いのです。黙ってその人の話をよく聞いていると、事実ばかりが述べられ、それに対してどう思うかを表現することを忘れている方が多いように感じられます。結果として好印象ではありますが、特別に良くも悪くもない、何の手ごたえのない印象で終わってしまうのです。
察するに、日常の環境が、その方をそうさせているとしか思えません。
そのような感覚で生きている方が、ピアノを弾くのですから、それは残念ながら、自己表現ではなく、自己完結で終わってしまっているような気がしてしまいます。もちろん、ここでいう自己表現というのは、作品を尊重し、そこから何を表現すかという意味の自己表現であり、自己顕示欲の自己表現とはかなり意味が違いますが。(笑)
目的がどうあれ、確かにピアノを弾く喜びはあるでしょうが、ピアノを弾くということの真のだいご味は、聴衆とのコミュニケーションであり、楽器や作品とのコミュニケーションであると思うのです。難しい曲を弾けた達成感に真のピアノ演奏の喜びは存在しません。
昨今では、サークルが増え、オフ会なるものが頻繁に行われていると思いますが、本当にお互いの演奏を聴いているのでしょうか?ただ自分だけ弾ければ良いとか、ただ仲間と会えれば楽しい。確かにそれでも結構です。でも、それは、私からしてみれば、ピアノという楽器を利用して己の欲求を満たしているだけであり、厳しく言ってしまえば、作曲家や作品、楽器に対して失礼です。
そして、それはくどいようですが、真にピアノを愛しているとは思えませんし、ピアノを弾くことの真の喜びを知らないということになると思うのです。
私は、アマチュアの皆さんに、真の喜びを味わっていただきたく、偏見かもしれませんが、敢えて苦言を呈したいと思った次第です。
ピアノを弾く時くらい、自分の本当の姿に戻って、自分の気持ちを表現してみましょう!
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