このブログを書き始めて、早1カ月が過ぎました。おかげさまで、昨日のアクセス数は1000を超えました。ここで、皆さまに厚く御礼を申し上げたいと思います。
ロシアピアニズムと出会ってから、20年以上になりますが、当初は自分自身の為という意識でひたすら精進し、15年ほど前に日本に帰国してからは、自分自身の生活を成り立たせなければならない状況下において、教育活動を始めました。
その間、少しでも自分自身が得たことを、生徒という存在に伝える喜びというものが芽生え、気がついてみると、自分自身の生徒という範囲を超えて、日本のピアノ社会に何か貢献できるのではないか?という気持ちの下、ホームページを開設、そして、このブログに至ったわけです。
教育活動を始めて間もなくは、1人でも世界に通用するようなピアニストを育てる、また教育者を育てるという目的が主でしたが、今では専門家だけを育てるという狭い範囲ではなく、アマチュアの方や聴衆となる一般の音楽愛好家の方にまで、世界のピアノ界の現状を含めて、日本の現状のピアノ界の問題提起をして参りました。
何の肩書もない私のようなものが、そのようなことをしても仕方がないとは思いましたが、ネットが普及した今、どのような方でも、情報を発信できるようになり、私もその1人として行っています。
肩書社会と言われる日本において、フリーの立場である私が発信することに、耳を傾けて下さる方は少ないかもしれませんし、また説得力もないのかもしれません。
そうであっても、私は私のできることを、自分自身の後半生に行いたいと思います。
私にそれなりの実力があるのであれば、肩書や演奏活動をしていないことに疑問をお持ちになる方はいらっしゃると思います。
言い訳がましくなりますので、本当はここに書くつもりはなかったのですが、敢えてお話しさせていただきます。
私がなぜ?演奏活動をしていないのか?に関してですが、それは簡単な理由です。
私は30歳を過ぎたあたりから、ジストニアという、実は音楽家に多いのですが、病気により、右手人差し指が全く使えなくなってしまったのです。理由はそれだけです。
そして、なぜ肩書がないか?と申しますと、当初はどこかの教育機関に所属しようと思った時期もありましたが、私の公的な実績では、どこにも相手にしてもらえないからです。(笑)
20代半ばに、ロシアピアニズムと出会い、私は社会的成功よりも、芸術家として生きるという選択をした結果、国際コンクールを受けるということと、1からやり直さなければならない勉強との両立が不可能だったからです。
ほかの日本人留学生からは、国際コンクールも受けない私のことを、現実的ではない、おかしな人間だと思われていたのは知っていましたが、その時の私にとって、将来の為の社会的成功より、具体的にはニコラーエワ先生の響きを手に入れることの方が重要だっただけです。ちなみに、マリア・カナルス国際音楽コンクールで受賞したのは、留学する前、日本から受けに行った大学3年の時です。結果として、私が国際コンクールを受けたのは、たったの1回しかなかったのです。ロシアピアニズムに目覚めてからは、自分自身の勉強以外に興味がなかったのです。
そのような道を歩んできましたので、肩書もありませんし、演奏活動もできませんので、世間から見れば、いわば無名の1教師に過ぎませんが、私は私の歩んできた道、そして現在の境遇に大変満足しています。私は、私自身の芸術に対して、教師としてという前に、1人の芸術家として、日々、精進しております。
それに加えて、慕ってくれる生徒たちがいて、同じ価値観を持つ友人たちに恵まれ、対等に認めて下さるディーナ・ヨッフェ先生や、今回のアンナ・マリコヴァ先生のような方がいて下さる事実が、私に自信をもたらしてくれるのです。
私は、自分の人生は、後20年くらいではないか?と勝手に思っております。20年と考えてみると、それは長いようで短いと思います。その間に出来ることを精一杯行っていきたいと思います。
あくまでも、芸術家として自分自身の芸術をより極めるということを主軸に、教育活動やこのようなブログを通して、自ら思うことを発信していきたいと思います。
皆さま、どうぞこれからよろしくお願い致します。
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