最近、あるレッスンにおいて、驚いたことがあります。
楽譜に書いてあるスラー。
皆さんはどういう風に、そのスラーを認識、そして処理しますか?
私が思うに、スラーには2種類あると思うのです。
1つは、どちらかというと小さい範囲、単位で書かれているスラーです。
これには、リズムを表す役目やアーティキュレーションの意味もあり、厳格に書いてある通りに弾くべきです。特に古典の作品においては、頻繁に出てきます。
そして、もう1つのスラーは、どちらかというと長い範囲、単位で書かれており、主にロマン派以降に多くみられ、例えばその小節全体にかかっていて、小節が終わる部分である小節線で区切れ、また新しい小節で新たに書かれているスラーです。この場合のスラーの意味は、そのスラーが何小節にもわたって、小節ごとに書かれていますが、演奏としては小節線で終わって、新たに弾くのではなく、その何小節かにまたがって、長いフレーズであるというように認識して弾くべきです。
驚くことに、これを認識している生徒は、意外なことに少なく、小節線ごとにフレーズが分かれていると認識して、フレーズをそれぞれの小節で作る演奏をしているケースが多々見受けられます。
確かに、私自身、このことに関して、特別指導された覚えはなく、当たり前のこととして認識していましたが、私にとっては当たり前でも、皆がそうではないということを最近知りました。
もし、この2つ目の記譜法のスラーの通りに弾いてしまうと、小節線ごとに音楽が途切れてしまうのですが、そのことに疑問を持つこともなく、長年弾いていたことになりますから、初期の教育からの問題があることは分かっていましたが、まさかここまで及んでいたとは、正直驚きました。
これと似た状況に、ショパンの書いた、クレッシェンドとディミヌエンドです。
ショパンは、アルファベットで書いていたり、いわゆる「松葉」の記号と、両方用いてます。
この場合、アルファベットで書いてある方が、本来のクレッシェンドとディミヌエンドであり、いわゆる「松葉」の記号は、本来のクレッシェンドとディミヌエンドではありません。この場合は、音楽の広がりや深さを表しているのです。
もし、この記号の通りにクレッシェンドやディミヌエンドを実際に弾くと、ショパンが意図した音楽とは程遠い、とんでもないことになることがわかるはすです。
ほんの些細な、記号なのですが、認識が正しくされていない事実に唖然とすることしばしばです。(笑)
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