一般にピアノを志す者は、幼いころからレッスンを受け始め、長くても30歳位をめどに教える側になってしまいます。
個人差もありますが、私が思うに、ピアノ人生の本当の意味での出発点は、30歳頃にあると思うのです。
どうして、みなその年ごろになるとレッスンを受けるのをやめてしまうのでしょうか?
これは残念なことに思います。
確かに、小さな子供から20歳くらいの専門的な学生なら指導できると思うのですが、それ以上の若いピアニストレヴェルを対象にレッスンするには、まだまだ技術的にも、レパートリーの面でも、また広く深くピアノ音楽を捉える意味でも、中途半端な年齢に思うのです。
もちろん、音楽は一生が勉強ですし、いつ1人立ちするのかは自分自身で決めることです。そこには日本の社会状況や個人的な状況が関わってきますので、理想に過ぎないのかもしれませんが、それでも、私個人の考えとして、30歳から約10年はまだまだ修行が必要に思います。
私の友人のモスクワ音楽院教授は、私とほぼ同い年ですが、いまだに、ある有名な某ピアニストのレッスンを定期的に受けているようです。
また、日本人の超有名な某ピアニストさん(ショパン国際コンクール入賞者)は、ご自身のテクニックを1からやり直すために、多忙な演奏活動をする中、モスクワ音楽院の教授のもとへレッスンに通っていたそうです。その方は、ショパン国際コンクールの頃の演奏と今の演奏は、全く別人のごとく変わっています。
私の留学中の約6年間、約30分の大曲、ソナタなら全楽章を、コンツェルトももちろん全楽章です。
それをたったの1ヶ月で仕上げねばならない、過酷な日々でした。
毎月1曲ペースで計算すると、それでも72曲です。
もちろん、たくさん曲をやればいいというものでもありませんが、例えばシューマンの作品なら、シューマンの作品のほとんどを勉強して見ないとわからないこと、やってみてわかることというものがあります。
ちなみに平均律は全曲勉強しましたが、全曲勉強してみて、わかったこと、感じてくることというものがあります。
平均律を勉強したことによって、例えば、モーツァルトやショパンの感じ方、見え方も変わりました。
作品の数は膨大です。
私が留学した6年間の72曲でも、まだまだ足りないのです。
私の生徒たちを見ても、皆教える側の立場になり、なかなか自分自身の練習もままならず、本番の曲を練習するので手一杯な状況で、ましてや、純粋に勉強の為に腰を据えて新曲に取り組むなどとは程遠い日常を送っているように思います。もちろん、その状況をある意味で理解しますが、私は私の生徒たちに、まだまだ自分自身の勉強を中心に据えて、演奏活動や教育活動を繰り広げていってほしいと望んでいます。
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