
モーツァルテウム音楽院で師事していたアルフォンス・コンタルスキー先生と
現在の私は、理由があって演奏活動をしていません。その理由がどうあれ、私は自分自身のことを、大変おこがましいのですが、教師をしている芸術家のはしくれぐらいに思っております。
こんな私でも、昔は積極的に演奏活動をしていた時代もあります。
今日は、ふと昔のことを思い出しました。
毎週土曜日、午後4時からのレッスンを受けるため、電車で片道2時間かけて、1人でレッスンに通っていた日々。
あこがれの大学に入るために、今から思うと考えられないぐらい、厳しいレッスンを受けていた頃のこと。
大学の入学試験の当日、今日のような雪の寒い日の中、朝の8時半集合でショパンのエチュードop.10-4とop.10-10を弾かねばならなかったこと。
最初で最後となったスペインの国際コンクールで受けた、鳴りやまない拍手の音。
その後、住むこととなったオーストリアのザルツブルクの街並みを、初めてタクシーの車窓から眺めていた時の喜び。
ドイツ語がなかなか話せるようにならなくて、先生にものすごい剣幕で怒られたこと。
30分の大曲を1カ月ペースで仕上げていかねばならなかった6年間の留学生活。
中でもシューベルトのc-mollの遺作のソナタやブラームスのコンツェルト2番のレッスンにおいての充実感。
ドイツ放送のバラエティー番組の中でポゴレリチがボーリングをしていたことやオーストリア放送で銀行のCMにメゾ・ソプラノのアグネス・バルツァがでていたり。(笑)
夏休みの人気のない夕方、学校へ練習に行ってみると、玄関でマルタ・アルゲリッチとバッタリ!とか。
2年半ぶりの日本への帰路、飛行機の車窓から、やっと!新潟の佐渡島が見えたときの喜び。
バシキーロフ先生やニコラーエワ先生との衝撃的な出会い。
挙げればきりがないほど、思い出はたくさんあります。
今までの人生で関わった方々、そして物事、すべてがあったからこそ、今現在の私を形成しているのです。それらすべてが、私の出す1音に込められているであろうことを思うと、何と幸せなことだろうと実感します。
これから先の人生でも、またいろいろな経験をし、それが音に込められていくことを期待することは大きな楽しみです。もし生きているとすれば、10年、20年、30年後に、どんな音が出せて、どんな音が聴こえてくるのでしょうか。
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