「ロシア奏法」という言葉が、日本においては広まっています。
このこと自体に問題があると思いますが、それはのちほど申し上げるとして、便宜上、ここでは「ロシア奏法」という言葉をあえて使います。
私のホームページを通して、レッスンの問い合わせが、頻繁にあるのはうれしいことですが、そのうちの何件かに必ずあるのが、「今、プロコフィエフを練習しているのでレッスンをお願いしたいのですが」とか「スクリャービンに興味があるのでレッスンをお願いしたいのですが」といった類のメールです。
これは「ロシア奏法」という言葉が、ロシアの作品を弾くためにある奏法だという認識から来る、大きな誤解です。
結論から申し上げて、「ロシア奏法」はロシアの作品を弾くためだけの奏法ではありません。バッハに始まり、ありとあらゆる作品を弾くのは当然のことです。
それは大ホールの最上階まで届く弱音から、オーケストラに負けない強音まで表現することが可能で、豊かな倍音によりベルベットのような光沢のある音色を基調とした、無限に存在する音色で表現する、真のレガートであり、カンタービレを実現することのできる奏法であり、およそ100年前から世界の一流のピアニストたちが実践している、実は世界においてのスタンダードな奏法です。
そこには、それまでの奏法には見られない、合理性というものが存在し、テクニック的にどんなに難しい作品でも楽に弾くことが実現できるという側面もあり、表現したい音楽とテクニックが一体化した奏法と呼ぶことが出来ると思うのです。
この奏法を身につけている超有名なピアニストを何人かあげるとすれば、リヒテル、ギレリス、ホロヴィッツ、ソコロフ、ガヴリーロフ、ダン・タイ・ソン、ポゴレリチ、キーシン、ブーニン、スルターノフ、ガブリリュク、ラン・ランなどたくさん存在します。
もう1つ、先に申し上げました「ロシア奏法」という言葉についてですが、このことも皆さんにはっきり認識して頂きたいのですが、日本人がイメージする「ロシア奏法」という「奏法」は存在しません。これも日本人の持つ大きな誤解の1つです。
ですから、私自身「ロシア奏法」という言葉を絶対に使いませんし、私は、敢えて「ロシアピアニズム」とか「ロシア流派」という言葉で表現するようにしています。
実際にロシア人ピアニストであっても、100人にいれば、100人違う奏法であると思いますし、私の意味する「ロシアピアニズム」という言葉にあてはまるロシア人ピアニストは、ロシア人ピアニスト全体のほんの数パーセントのイメージです。基本となるレガートの概念さえも違い、指でつなげて基音でレガートとする人もいれば、指でつなげず倍音でレガートを作る人もいます。(私が好きなのは後者のタイプですが)
それよりも他の国の国籍、現に私も日本人ですし、私が教えた何人かの演奏活動をすでにしている生徒たちも日本人ですが、私が思う所の「ロシアピアニズム」の流れを継承した演奏をしますし、敢えて奏法という言葉を使うとすれば、「現代の世界的にはスタンダードな奏法」とでも申し上げるべきでしょうか。
この件については、モスクワ音楽院教授で友人である、パーヴェル・ネルセシアンとも話しましたが、彼も全くの同意見です。「ロシア奏法」なるものは、この世にない。考え方がおかしいとのことです。彼の知り合いのスペインのピアニストは、ロシアで教育を受けていないにも関わらず、素晴らしい音色を持ったピアニストだそうです。
上に挙げた2つの事柄が、日本において広まってしまっているは、大きな誤解であり、このブログを通して、皆さんに認識新たにしていただければ幸いです。
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