その日はいつものように外回りを終えて昼からは工房のほうで作業をしていました。
するとピアノ仲間のぶこさんからメールが…
なんでもぶこさんが東京でレッスンをうけたりしてる大先生がピアノについて聞きたいことがあるとのこと。
mixiでもつながっているかたで一度だけ名古屋にもこられたことがあり、そのときにはそのオーラの強さに存在感ありありなかたでした。
男性でプロのピアニストを指導されていて海外の著名なピアニストからの系譜をひくピアニストでもあるかた。
最近スタインウェイのフルコンサートピアノD型をご自宅に入れられたことは日記等で知っていたのですが、そのようなかたからピアノについてのアドバイスを求められるとはどういったことであろうかとドキドキでした。
まもなく先生から直接電話がかかってきてやりとりが始まりました。
内容は詳しくは書けないのですが、ピアノの音に対しての悩みでした。
いろいろとお話を聞いていたら結構深刻らしく、私も自分の経験と知識からできる限りのことをお話。先生の音色に対するお話は理解、共感できることが多くスムーズに話が進みました。
そうしていたら突然今からこっちこれない?とのお言葉。
えっ?!と一瞬耳を疑ったのですが…
名古屋からなら1時間半くらいだし、ご自宅は東京駅からタクシーで5分ほどのところとのこと。
そうは聞いても次の日も朝から仕事が入っていたのでさすがに厳しいと一度はお断りしました。
そしたら先生は気が変わったら電話してと言い残し切られました。
うーん、これは困ったことになったとちょうどその日工房にきていたしんちろさんとくわさんに相談。
おふたりは、なにしとんの早くいきゃー(なにしてるんだ、早く行きなさい)と言ってました。加えて後日関東地方に行く予定もあったのでそれに合わせたらどうだとの提案も。。
とりあえず大先生のほうに電話をしてその旨を伝える。
関東に行くのが10日ほど後だったこともありさすがに待てない様子。そりゃ限界ギリギリ我慢の限界を越えて相談してきてるわけだから待てるわけないと思いその日に行くことを決めました。
自分がその立場に置かれたときに毎日弾くピアノの音がしっくりこなかったらノイローゼになるくらいの気持ちが痛いほど伝わってきたのです。しかもピアノを生業としていてプロのかたならなおさら。
演奏会などでもピアノの音がいまいちだと途中で帰りたくなります。それをカバーする演奏であるならまだ我慢できますがそれもいまいちだったり興味ないプログラムだと地獄のようです…
そういったこともあり急遽都市高速で名古屋駅に向かい、工具カバンひとつで新幹線に乗り込みました。
ほんとに乗ってしまえば近いものでまもなく東京駅へ着。
新幹線に乗っている間の時間は自分にとってはとても有意義なものでした。いつも車ばかりなので何も考えずに乗っているだけの電車でぼーっと瞑想状態になれたのはとても幸せで癒され心の準備ができたのです。
さて八重洲口を出てタクシーに乗り込み指定された住所をつげるとまもなく到着。
玄関のピンポン押すまでに名古屋から2時間ほどだったでしょうか。気持ちはいつもの訪問調律と変わらないような感じ。
でも大先生の出迎えをうけてお弟子さんたちのお顔を見たときに東京まできてしまったんだなと実感。
たくさんのネコちゃんたちにも歓迎?されてご満悦。まためちゃくちゃカワイイ子たちばかり。僕の好きなネコちゃんの品種と顔立ちでした。
図々しくもお弟子さんたちの手料理をいただきながら先生とまずはお話を。途中CDで音源を聴かせてもらいながら求めるものを確かめる。
先生がこれなんだよね、これはいまいちなんだよね、と言うのがよくわかる。まさに音で会話しているような感じだった。電話で話していたような理解ができ、これならなんとかなるかもと思いはじめてた。
夜も0時近かったけれどレッスンルームは完全防音になっているため音出し可能とのこと。周りを気にすることなく集中できる空間で中に入りドアを閉めると別空間へ行ってしまったかのような空気になる。
その中で先生とスタインウェイD型を前に音色について濃い話をした。
このスタインウェイ&サンズ社のD274はある世界的ピアニストの東京の自宅に置いてあったもので先生が一ヶ月前ほどにご購入されたとのこと。
その間に3人の調律師がきて調律したのですが、いろいろあり今回私が調律することに。
先生の言われたことでまず印象的だったのが、ピアニッシモで和音を押さえ弾いたときに出る”倍音”が出ていないと言うのが気になるとおっしゃったこと。
そういったことを演奏者から言われたことは初めてだったので少し戸惑いましたが言わんとしてることはわかったし、そこまで言われることに嬉しくもなりました。
それほどまで音色を聴いている人はそうはいないとまで思っていたし、聴ける人もほんの一握りの演奏者、調律師とさえ思っていたのでそういったかたが目の前にいるのは喜びでした。
先生はあのフワッと出る感覚とかピアノそのものの音とは違う音の層のことをおっしゃっていて、倍音の混じりあったあの和音の音のことを言っているのだと感覚で理解しました。
よく調律師同士の話のなかでピアノの先生や演奏者は感覚でお話をするので理解できないと言うことを言われるかたがみえます。
調律師と演奏者がすれ違うよくあるパターンで、技術者志向タイプの調律師に多い事例です。芸術家であるピアニストが何を言っているのか理解ができない、音色にそんなに違いがあるわけでもないし抽象的過ぎてもっとわかりやすく言ってくれと言うものです。
これは音色に対する感覚を磨いていないと対応できないと言うことです。
演奏者と同じくらいの音色に対する感覚が研ぎ澄まされてなければ言っていることがわからないのは当然のことで、それはただ調律などの日々の業務をしているだけでは身に付けることのできないものなのです。
それら音色に対する考えや感覚を聞いて調律スタート。前回の調律でいけてない状態のときのヤマハピアノの音のようになってしまっていたので、それらを修正しながらの作業。
調律は前回の人が自分と違うタイプだと苦労します。ピンのまわしかたやとめかたが全く違うので・・
フルコンサートと言うことで調律もし易いはずなのにいつもよりかなり時間オーバーして終了。
大先生に弾いてもらう。
最初例の真ん中あたりの和音をピアニッシモで弾かれた。
緊張の瞬間。
「出てるじゃん。」
その後、バッハから入り、モーツァルト、ショパン、チャイコフスキー、ラフマニノフと年代を経て様々な作品を弾かれた。
最初のバッハから圧倒。その演奏は一言で言えば音色のかたまりに包まれ、生き生きとした古くさくないまさに瑞々しいバッハ。
ショパンを弾かれたときには何か違うとおっしゃられる。思うとおりの音色が得られていない様子。
そしたら弾き方を変えてみるとのことで再度トライ。
こっちだったとのこと。一緒に聴かれていたお弟子さんたちも頷いている。
そして最後にロシアものを弾かれた。それはまさに真骨頂で意識が飛びそうになった感覚を覚えている。
異次元空間へ連れていってくれるかのような感覚。チャイコなどはメロディはとてもシンプルな単音なのにピアノが鳴る鳴る、響く響く。倍音の塊に包まれて動けなくなるのだ。
けっこう長い時間弾かれて、レッスン室全体に広がる音色のシャワーに作業の疲れもすっかり癒された。
ピアノの音色がここまで多様に、色で例えるなら何十色ものカラフルな色が出てくると言う感覚に驚いたのを覚えている。加えて自分の調律でここまで音色を引き出してもらえてると言うのは新しい発見でもあり喜びだった。
実は最初先生がスタインウェイのフルコンサートグランドを買われたと聞いたとき、自宅で弾くには音が大き過ぎるのではと思っていました。
しかし今回間近に聴いてみて、それは自分のまったくの思い込みであったと思わされました。
音の洪水になってうるさいことは全くなく、まとまったひとつの音楽として長時間聴いていても疲れないものだと実感したのです。
それは演奏のしかたによるものが大きいのかもしれませんが、少なくともフルコンサートグランドがホール専用のものと言う考えは消え去りました。
しっかりと音色をとらえて無駄のない演奏をすればやかましい音の洪水になることはないと言うことです。
それでかつ、先生の奏法ではピアニッシモもフォルテもホールの隅々まで届くあの音色が実現できるのだと実感しました。
スタインウェイの特約店に勤めていたころ、先輩のいちやんさんに連れられて初めてキーシンの演奏を聴いたときのあの感覚。3階席にも明確に届くピアニッシモ。ピアノを超えた音色を出すあのフォルテ。
長年追い求めた音色の秘密がそこにはありました。
人は宇宙の真理に従って生きれば必要なものが必要なときに手に入り、追い求めているものも自然と入ってくると言いますが、そのときほどこれを実感したことはありません。
その後も朝までお弟子さんたちとともにロシアのある流派に伝わる奏法についてビデオを見たり先生の説明を受けたりしました。
世界にはいろいろなピアノ奏法、流派がありますが、現代のピアノの性能をフルに発揮することができる奏法はこのロシア奏法であると言えます。
そして最も合理的に無理なくピアノを鳴らすことができるのだと思われます。それでキーシンなどはプログラムのあとのアンコールで10曲も大曲を弾くことができるのかと納得しました。
現在世界で活躍しているピアニストのなかにもこの奏法でピアノを鳴らしているかたが見えるというのをお聞きしし、それ以外でもあまり世に知られていないような素晴らしいピアニストがいると言うことも知ることができました。
いいものと言うのは世に出ないと言うことがよくありますが、まさにそのいい例です。今の世の中では商業的に成功することと”本物”とはまた別物なのです。
これはどの世界・業界にでも当てはまったりすることなのですが、そろそろシフトチェンジしなくてはならない問題です。無理にシフトチェンジしなくてもそういう時代になってきているのでいいのですが、偽者やごまかしなどはもう通用しなくなってきています。
ピアノで言えば耳のよい人も増えてきているし、内容のない音色や演奏は説得力に欠け見向きもされなくなってきているのです。
ネットやテレビなどで情報が共有される社会になったこともあり、表面だけの言葉や虚勢などすぐに見抜かれてしまいます。調律やピアノ販売の業界でも本来の仕事である技術をきっちりやってきたような会社がここにきて伸びてきているのを見ても明らかです。
逆に販売を主に売ることだけを考えてピアノや音楽に対して真剣に向き合ってこなかったところはこれからもどんどん錆びれていく運命です。
先生の音色や奏法に対しての想いやこれまでの勉強のご苦労を感じたとき、とても共感を覚えたし生半可なものではなく、この奏法を身につけるには相当の覚悟と勉強が必要だなと感じました。
アマチュアの趣味のピアノ弾きにはあまり関係のない話に聞こえるかもしれません。しかしこの世界に足を踏み入れその音色を聴けるようになったとき、大いなる感動と喜びの世界が待っています。それはただ単に難しい曲や弾きたい曲が弾けたときの喜びとは異なる、魂からあなたの心が喜ぶ次元のあがった喜び、楽しさです。
そのように弾けるようにならなかったとしてもその音色を聴けて楽しめる耳を手に入れるだけでも価値のあるものでしょう。
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