私自身が留学しましたので、留学に否定的な考えを持つことは、ある意味で矛盾しているのかもしれませんが、留学したからこそ、留学の負の部分も分かりました。
前回、留学神話はそろそろ捨てましょう!と申し上げました。
その考えは変わらないのですが、留学に対して全面的に否定しているわけではありません。
ディーナ・ヨッフェ先生が断言したように、場所ではなく、習う人で選ぶということが重要だと述べたに過ぎません。
私自身、日本においての学生時代、留学に対して抱いていた夢、願望が切実にあったことは否めません。本場ヨーロッパに行って、日本では学ぶことができない、ピアノを扱う上での何か?根本的な部分を知りたいがために、そのようなことを探し、手に入れるために留学を決意しました。
例えば、大好きなピアニストの1人、マルタ・アルゲリッチの演奏に憧れていました。どう頑張っても彼女のようには弾けない、表現できない自分がいました。これは、「彼女が天才だから」という言葉で片付けたくない自分がいました。
悩んだ末、たどりついた考えが、彼女の学んだピアニズムと、自分が学んできたピアニズムの違い。根本的な部分に対する懐疑でした。
世界には大きく分けて3つのピアニズムが存在するといわれています。
まず、ドイツ・オーストリア流派、そしてフランス流派、ロシア流派と続いて誕生してきました。
自身が求めるピアニズムにもよると思いますが、どの流派の伝統を継承されている先生に師事するかによって、大きく勉強の内容が違うように思います。
私自身は、ドミトリー・バシキーロフ、タチアナ・ニコラーエワの両氏との出会いによってロシア流派というピアニズムにたどり着きました。
そのロシア流派を身につけて初めて理解できたことなのですが、先に挙げたマルタ・アルゲリッチのピアニズムは、少なくともテクニック的な観点から分類するとすれば、ロシア流派に属するという考えに至りました。
正直、フランス人のピアニストに師事したことはありませんので、フランス流派の伝統について述べることはできませんが、ドイツ・オーストリア流派とロシア流派に関しては理解できたように思います。
そもそも、日本で学んだのはドイツ・オーストリア流派のピアニズムでしたから、テクニック的な観点で完成された状態で留学しました。
ですから、レッスンの内容は、如何に楽譜を読みとるか?
といういわゆる演奏解釈がテーマとなるレッスンでしたので、自分の演奏がテクニック的な観点から変化することはなく、ただただレパートリーが増えるだけといっても過言ではありませんでした。
しかし、私が留学に対して求めていたことは、先にも述べましたが、テクニック的な観点からの根本を知りたかったのです。
そこで、ロシア流派と出会い、そこには自分の求めていた世界、CDの中でしか存在しなかった世界が現実のものとなりました。
しかし、そこには大きな壁がありました。自分の求める世界が目の前にあっても、それを手に入れる術はなかったのです。
モスクワ音楽院教授ともなると、一言で申し上げると、その奇跡ともいえるピアニズムは、企業秘密のようなもので、基礎から懇切丁寧に教えて下さるという方は皆無に等しいいのです。
まずは「レガート」の概念が根本的に違うわけで、そのような基礎が身についていることが前提のレッスンです。
ですから、もしモスクワに留学したとしても、状況は変わらず、本当に基礎から学びたければ、モスクワ音楽院の前の段階の学校である、中央音楽学校の先生に一から教えて頂かないと具体的なことは何も分からないというのが現状です。
ただ、幸運にもバシキーロフという先生は、基礎を知らない私たち外国人に対しても、何が足りないか?どうあるべきか?ということをしっかり指摘して下さるレッスンではありました。
懇切丁寧に一から教えて頂くというものではありませんが、ロシアピアニズムの基礎の片りんのような部分は教えて下さいました。といっても当時の私には皆目見当つかない世界でしたが。
ニコラーエワ先生は、ご自身が演奏で見本を示されるだけで、その素晴らしさに刺激を受けることはできましたが、テクニック的なことは何も教えて下さらないレッスンでしたので、先生が何を具体的にされてるのか?生徒の側が盗みとらねばならないわけです。
以上のような、私の留学経験から申し上げたいことは、刺激は受けることはできても、特にテクニック的な観点において、基本的に基礎から教えて下さる先生はいないのが現実だということです。
私が現在の地点に立つことが出来たのは、バシキーロフ先生が教えて下さった基礎の片りん、この耳に今でも残っているニコラーエワ先生の超一流の響き、この2つを頼りに帰国し、そこから独学で這い上がってきたようなものです。
ですから、留学するのならば、まずは、日本において、伝統あるピアニズムの継承者であり、しっかりとしたメソッドをお持ちの先生に師事し、基礎的な部分は修得したうえで、場所ではなく、どの先生に習いたいのか?ということを念頭に置いて決めるべきで、私と同じような苦労はしなくても済むような、より有意義な留学生活というものを送ってもらいたいと思います。
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