旅行はシンガポール航空です。
48時間前から
インターネットチェックインができるので
今日やったのですが・・・

ホームページの言語を日本語にしてインターネットチェックインをすると・・・

文字化けで
?????ばっかり

全然読めやせん。。。

印刷はちゃんと写るかなと思ってやってみたけど
やっぱり?????ばかり・・・

まあ英語でやったら、
ちゃんと写ったからいいけど・・・

私のパソコンの設定が何か悪いの?

ベタな絵ですが・・・

グスタフ・クリムトの接吻


大学の時付き合っていたMさんが好きだと言っていました。

一応言っておくと・・・

当然日本人ですよ。。。



クリムトは芸術の仕分けとしては、「世紀末芸術」となるみたいですね。

ちなみにwikiってみると


世紀末芸術(せいきまつげいじゅつ)とは、1890年代から20世紀初頭にかけて、おもにヨーロッパの都市を中心に流行した諸芸術のなかで一定の傾向を示す一群のことを指す。一般に、幻想的・神秘的・退廃的な性格を有するとされる。(ただし、一定の流派を指す用語ではない)


さて・・・

難しい絵画の講釈は良くわからないですが・・・

例えばこの絵のレプリカを買って飾ろうとした場合・・・


どうみても私の家には似合わん・・・

かといって和室の床の間にも当然似合わないし・・・


じゃあどこが似合う?

ゴシック調の古城?

う~ん・・・いまいち似合わなそう。。。


応接室?

やっぱり似合わなそう。。。


・・・・

・・・・

・・・・


と考えてみたら

湾岸とかの夜景のきれいな高層ビルの一室がよろしいのではと。

(当然間接照明)


やっぱり金箔に負けないぐらいのキラキラ感が必要な気がします。

この絵にはシックな感じは似合わない。



世紀末芸術の「世紀末」とは

北斗の拳でいうところの世紀末ではなくて

文化の爛熟した19世紀末。


19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ

国力の頂点に達した国というのは・・・

イメージ的に日本のバブル期か?


ただ・・・

上がりきった場所は後は下がるしかありません。。。

文学的表現では「滅びの予感」ですね。

なんとなくこのゴージャス感の中に滅びの予感があるかもしれません・・・?







世界遺産のキリマンジャロ

タンザニアです。

自然環境の維持に結構厳しいです。

飲み物、食い物も下からポーターが担いで登り、そのゴミもポーターが持って帰ります。


協力隊の任国外旅行(当時)で登りました。

協力隊員の入っている各国では、通常隊員機関紙を出しているのですが

ジンバブエの当時の機関紙「MAGAZIM」に寄稿した登山日記を転記してみます。。。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ルートその他はマガジンによく書いているので割愛。


よく1日目は楽勝とみんなは書いているが、雨がザーザーと降っていたので、とてもきつかった。

ずぶ濡れで1日目にしてもう帰りたくなった。

料金が50ドルぐらいだったら帰っていたかもしれない。

結局この時濡れた物は下山まで乾かず。


マンダラハット(第一ハット(山小屋)。確か2700mぐらいの標高)についても寒いし、霧で周りはよく見えない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


2日目。



徒然の日記

(第1ハット~第2ハット)

多少小雨気味だったが、昨日よりは大分まし。


ハットはほぼ富士山と同じ高さ。

ここでは高山病にはならなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


3日目。

相変らず天気はあまりよろしくない。

この日泊まりのキボハットは4700m。


途中まで元気だったのがキボハット近くになって、急激にペースが落ちる。

だるい。


何とかキボハットに辿り着くも今度は飯が食えない、というか食いたくない。

完璧高山病。

K(一緒に登った野球隊員)が食べるのを横目にベッドに横たわる。


さすがに4700mは寒い。

だるいし寒い。もう帰りたいが、Kが帰るというまで意地でも帰れない。



徒然の日記

(第2ハット~第3ハット)


そのままいつしか寝てしまって、夜12時頃頂上アタックの為起された。


起きるとなんかちょっと調子がいい。

寝ている内に高度順応したのか?

まあ多少だるいことには変わりないが。


山を登り始める。

この日は満月の月明かりで結構明るい。


登り始めてしばらくしたらいきなりKが岩陰で吐き始める。

キボハットでは全然大丈夫そうに見えたが。

吐いたら少し直ったのか、大丈夫そうなのでまた登り始める。


ひたすら月明かりの下登る。ジグザグ登る。何も考えずに登る。


いいかげん嫌になってきた頃、朝5時半頃ようやくギルマンズポイント(仮頂上)に到着。

ここまででKは4回吐き、ギルマンズに着いたとたん5回目を吐いた。


徒然の日記

(ギルマンズピーク: 5,681m)

ここから先降りるかウフルピーク(本頂上)に行くか選択であった。


寒いし霧で周りの景色もぜんぜん見えない。

Kは吐いて速攻降りることに決定。


自分は一応ウフルまで行くことに決めた。


ウフルまでは約1時間半。

だんだん吹雪のようになってくるし、景色は相変らず全然見えない。


結局朝7時頃ウフルピークに着いたが、吹雪いていて視界も悪く、結局頂上には5分もいなかった。



徒然の日記

(ウフルピーク: 5,895m)

それから直ぐに下山。


降りるだけだから楽であろうと思っていたら、とてつもなくきつい。

急斜面で踏ん張りが利かない。

登りはジグザグで上がっていったが、下りはまっすぐに降りていく。

足が利かなくてころころと転がりながら降りていった。


もう途中歩けないほど疲労して、ストレッチャーを頼もうかとも思った。

必死の思いでキボハットまで辿り着いた。


そこからすぐ第二ハットまで下山予定だったが、もう歩けない。

頼み込んで2時間ほど休ませてもらって、それから下山した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


5日目下山は天気もそこそこ良く、快調に下山する。


無事登山口まで辿り着いたがもうこのような山登りは二度としたくないと思った。

もし金を全部出してくれるといっても次はキリマンには登らないだろう。

Kがいたからダウンするのが嫌で登ったが、独りだったら途中で止めてたかもしれない。


モシ(キリマンジャロのふもとのちょと大きな町)まで辿り着き、

11-2柔道隊員兼ツアコンのM君の家でその晩ご馳走になったトンカツはめちゃくちゃ美味かった。

でも筋肉痛はとても痛かった。

そういえば5日間全く体を洗わなかったが気にならなかった。


徒然の日記

(ふもとのモシの町)

長らく未踏の地であったが、岐阜に住んでいる時にようやく制覇。

ふと思って奥方と車で行ってみたことがあります。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

最初は伊勢神宮のみを目指していましたが

まず出かける時間が遅く・・・


伊勢神宮の内宮・外宮と参拝して

伊勢戦国時代村の看板を見つつ(通り越し)

二見の夫婦岩を見たらもう夕方。


徒然の日記


伊勢神宮の感想は・・・・

杉の木がでかかった。

それと式年遷宮をするから建物自体は古式ゆかしきって感じではないなあと

(当然建物の形式は古式なんだろうけど、建物自体の古さのこと)。

まあチラッと観の感想ですけど・・・。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その後・・・

せっかく伊勢の地まで来たのだから志摩まで行ってみようと思い鳥羽へ。

ところで私・・・

生来予定を立てるのが苦手で・・・

その時もふと思い立ってきたので泊まる予定をしていない。。。


しかし鳥羽で夜食を食ったらもう夜。

これは泊まったほうがいいなと思って、携帯で調べてみました。


やはり休日の当日ってことであまり空いていない。

ようやく鳥羽からちょっと離れたところに発見。

とりあえず電話をして泊まりました。。。


こういう時って1人旅のほうがあれこれ考えなくていいなって思ってしますね。。。

車中泊すればいいわけだし・・・


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

翌日鳥羽からパールロードで南下。

志摩へ向かう。まず鳥羽展望台へ。


徒然の日記



よく晴れていて眺めがよかったです。

それからまた南下。


志摩スペイン村が見えてきた・・・しかし無視


そのうち英虞湾の表示あり。

そういえば中学校ぐらいか

地理の勉強で英虞湾=真珠って習ったなあと思い出します。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その時は志摩の方に行こうとは思っていましたが

行き先は未定。


そういえば小学校の頃日本地図のジグソーパズルがあって

その「関西」版に志摩の方がでていて

そこに大王崎ってあったなあと思い出し

じゃあ大王崎に行ってみよう。


地図を見ながら大王崎へ。

やがて大王町へ。絵描きの町との表示がありました。

ほどなく大王崎に到着。


観光客もちらほら見えて港には魚の乾物も売っています。

この鄙びた感じがなんとなくいいなあ・・・・


車を港に置いて灯台まで歩きました。


灯台に登っていく道にまた土産物屋が。

またその鄙びた感じがちょっとお気に入り。


ちなみに奥方は高いところに上がるのが恐いということと

登るの自体が疲れるとのことで

灯台に登りませんでした。


灯台のそばにあった波切城跡というので大王町が九鬼氏の拠点だったことが分りました。


徒然の日記


志摩は・・・

景色がきれい。

海を眺めながらの景色の良さと鄙びたさは能登のようだなって思いました。

結構好きです。

でももし住んだら飽きるんだろうなあ・・・・


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そこから・・・

さらに南下しようかなって思ったけど

その日に帰れなくなりそうなので帰路へ。


帰りは鳥羽からフェリーで知多半島師崎へ。



この時はさらに南に行けず、尾鷲・熊野へは行けませんでした。

熊野はずっと行きたいと思っているのですが

今のところはやっぱり遠くてなかなか行けない・・・・



スリランカのダンブッラです。


まずダンブッラに着くと・・・



ドドーンビックリマーク


徒然の日記

とてもじゃないけど世界遺産に見えません・・・

Golden Templeとあるが・・・

入り口の口といい・・・

成金趣味(?)の仏様といい・・・

ほんとうに世界遺産なのでしょうかはてなマーク


ちょっと心配になります。。。




入場してこの裏手には・・・・

入り口とは打って変わり・・・


徒然の日記

石窟寺院です。

入り口とは大違いの佇まい・・・・



それぞれに部屋が分かれています。


徒然の日記

寝佛

ここはタイでしょうか?いやスリランカです。。。

けっして足裏は水虫ではありません(←罰当たり・・・)


徒然の日記

石窟の中の部屋は壁画が一面に書かれています。



徒然の日記

こんな感じ・・・


徒然の日記

こんな感じ・・・


徒然の日記

こんな感じ・・・




ちなみにダンブッラの周りはというと・・・


徒然の日記

こんな感じ。。。

緑がきれいですね~(←田舎?)


久しぶりにfacebookを見た。

妹のステータスが既婚になっていた。


facebookで相手の顔を初めて見た。

一応義弟はてなマーク


どう見ても私より年上に見えるんですけど・・・

情報を見ると同じ年みたいですけどね。。。


さて本人にはいつ会えるのでしょうか?

今年?

1年後?

それとも10年後???


なんか妹とも1年に1回会うか会わないかだから

ぜんぜん現実感がないねえ。。。



朝遅刻しそうだった。

 でも遅刻しなかったから良かったけど。


朝電車に座れなくなれりそうだった。

 結局なんとか座れたから良かったけど。


仕事で問題発生。昼間の飛び回っていて昼飯食えなかった。

 結局4時半ぐらいに食べたからいいけど。


仕事の問題であたふたした。

 今日のところはなんとなく解決したからいいけど。

 明日は明日で考えるからいいけど。たぶん大丈夫なはず。

 どうせ他の人の手伝いはあまり期待してないからいいけど。


仕事帰りお嬢さまと会って、ケンカじゃないけど少し雰囲気悪くなった。

 まあケンカじゃないからまだいいけど。


帰りが遅くて家で奥方の機嫌が悪かったけど。

 洗濯物たたんだし干したから・・・たぶん大丈夫なはず。