やっぱり間違えてた。。。


よく考えたら

「数え」だから大厄でいいんだ。


ふ~ん・・・

去年は前厄だったんだ・・・

厄払いもしてないな・・・





年賀はがきの当選番号・・・


調べたけど結局当たらず・・・

切手シートも無し。。。


一時長らく年賀状を全く書いていない時期があり

ここ2~3年でまた書き始めたのだが

やっぱり枚数が少ない。


ただ・・・

切手シートぐらい当たってもいいのになあ・・・



宝くじも当たらなかったし

(そんな簡単には当たらないか・・・)

厄年だからいいことないのか?


あっ、そういえば厄年って書いたけど

この間厄年は「数え」だと教えられたから

実際は大厄じゃなくて前厄みたいですが・・・

父親が転落して入院。


本日大叔父さん(母方のおじいさんの弟)が逝去。92?93?


そろそろ妹に子供が生まれる。

明後日母親が手伝いに渡米。

世界遺産 - カトマンズの渓谷の続き
※遥か昔のことです。。。

ネパールからの帰国時、日本到着は名古屋空港だった。

まず検疫で正直に症状を書いた。
コレラかもしれないということだろう、当然引っかかり時間を食った。

税関では・・・多分顔色が以上に悪く・・・
何かヤクでもしているのだと思われたのだろう。
荷物を厳しく調べられた。
それでまた時間を食った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ネパールに行く前は当然元気で帰ってくるもので
こんなんになるとは思ってもいなかった。
帰りの分として青春18切符を持っていただけだった。

取り合えず最寄のJRの駅まででて時刻表を見ると・・・
既に金沢に行く電車は無い。

じゃあ名古屋からバスでと思って調べてみると・・・
バスが無いというか金が無い。

体調も悪いしこりゃどうしよう・・・
と思って見切り発車で米原方面に向かう。

頭も熱でボウッとして考えるのもだるい。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

電車は関が原で止まってしまった。
これが最終でどうしようもない。
関が原でホテルに泊まる金も無いし、間が悪いことに雨も降ってきた。

もう駅寝しかないなと思い待合で寝ようとしたら・・・
関が原の駅は閉めるとのこと。

小雨の中を外へ追い出されてしまった。

線路沿いをふらふらを歩いていたら、小屋を見つけた。物置だ。
その扉に手をかけて見ると・・・

開いた!!!

もうここで寝ようを思い中へ。
熱のせいか雨に打たれたせいか、異常に寒気がする。
ザックからいろいろ、バスタオル、着替え、お土産のセーターなどありったけ出して体に巻いて寝た。

翌日朝起きて、18切符で金沢に帰ったのであった。
ちなみに金沢に帰ってから脱水近くになって病院行きとなった。
ネパールは初めて行った外国。
カトマンズとポカラ
そのうちのカトマンズ盆地は、「カトマンズの渓谷」として世界遺産に登録されています。
今を去ることはるか昔・・・携帯も全く普及していない時代・・・
大学院の2年の時で卒業旅行として行きました。

その時の旅行記が在ったので、訂正&加筆してみました。。。


その頃は外国にも行ったことがなく、さらに学生の時だったので金もそんなになかった。
最初はどこに行こうかという話で樺太(サハリン)が上がっていたけど
結構高いということでアウト。
次にミッドウェーが珍しくていいんじゃないかという話になったけど
どうやって行っていいのか分からずアウト。
その後エジプト、メキシコ等が候補に上がったけど
結局ネパールくらいが妥当でいいんじゃないかということになって決定。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

予定は約2週間。
友達(ガスのり君)と2人で行く予定であったが、
彼がネパールに行く前に香港かどっかに行くとのことで予定がずれ、
最初自分が1週間先に先発し、
向こうで残りを一緒に行動するという事になった。

当時私はあまり旅行に興味が無かった。
リコンファームも知らなかった。

何とかなるだろうと取り合えず航空券のみ買ってカトマンズへ。
ホテルはもちろん予約してない。
カトマンズで客引きにひかれるがままにホテルを決定。
それが高いのか安いのかもわからない。

まあ特にトラブルは無く、友達が来るまで1週間をカトマンズで過ごした。

$徒然の日記
カトマンズの街


何をやっていたのかはあまり詳しく覚えていない。
カトマンズで知り合った子供達(といっても日本でいうところの中学生ぐらいか・・・)に案内してもらってちょこちょこと市内を観光をした。

$徒然の日記
スワヤンブナート


ガイド料を取るとかぼったくられるということは無かった。
まあみやげ物を買った時の交渉でコミッションぐらいは取っていたかもしれないけど
(まあ真実は不明)

今でも覚えている土産物は・・・
・セーター - 2枚購入。ヤクの毛か何かのもの
・タンカ(曼荼羅) - 今思うとあまり質のいい物ではなかったと思う。
・グルカナイフのレプリカ
・貴石のアクセサリー多数

カトマンズに滞在して一週間、友達と待ち合わせをしているところに行こうとすると・・・
デモ
共産党(かマオイスト?)のデモで待ち合わせの場所に行けない。
まあ何かあった時のために、出会えなかったら翌日も翌々日も同じところと決めていたから
次の日会うことが出来た。


当時海外初めての私が行ってビックリしたことは・・・
(今はもう様変わりしていると思うが)
・飛行機が無事着陸した時、機内で拍手が起こった事(そんなに落ちるのか?)
・街の中で信号を1箇所ぐらいしか見かけなかったこと
・牛がたくさんいたこと
・ハエがたくさんいたこと
ぐらいかな?覚えているのは。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ガスのり君と合流してからポカラに向かう事にする。
交通手段はローカルバス。
乗るまでは結構酷い目にあうんじゃないかと思って覚悟していたが、
道は最初に思っていたよりずっと良かったし、バスも思っていたより良くて拍子抜け。

しかし・・・
カトマンズを出発するぐらいから体調が悪く腹を壊していた。
バスの中でも体調が優れない。
だんだん腹も痛くなってきて・・・

途中休憩でバスが止まったとき、よっぽど便所に行こうと思っていたのだが、
なんせその時は僕は最初の海外旅行。
ネパールの田舎の便所というものを受け付けることが出来ず、我慢をしてしまった。

休憩が終って再びバスがポカラに向け出発。
腹の痛みはどんどん痛くなる。
これはやばい!!!
こんなとこでウンコもらしたら笑いものだと思い、必死で我慢する。

何とかポカラにたどりつき、油汗を流して我慢しながらホテルを探す。
ガスのり君には体調が悪いということは言ってあったので、
私が腹痛で必死の顔になっているのを見てよっぽど体調が悪いのだろうと思ったのだろう。
結構どこでもいいやって感じでホテルを決めた。

腹はというと間一髪、間に合った。
もうフロントはガスのり君に任せてトイレに飛び込んだ。

腹の方は取り合えず大丈夫、でも体調は以前として悪い。
熱も結構あるようだ。
ポカラでトレッキングをしようと思っていたが、
ホテルの窓からヒマラヤの山を見えるのにベットから起きるのもだるい・・・

結局ポカラでは寝たきり状態。
そういえば1回だけ湖でボートに乗ったっけ・・・

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ポカラからの帰りはバスが体調的に無理そうなので飛行機で帰ることにした。
カトマンズに戻っても以前として体調は悪い・・・

水は当然気をつけていたのでなんでかなあと考えたら、
多分氷にあたったんじゃないかという結論に達した。

カトマンズではリコンファームをしていないことに気が付く。
というか知らなかった。
帰る日が間近なのであわてて代理店に行った。
まあ大丈夫だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

結局体調が回復しないままカトマンズを後にしたのであった。
ちなみに帰りはバンコクで1泊。
それから香港で乗り換えてという帰路であった。

バンコクでは熱も9度以上あった。とにかくホテルで寝ているだけ。
ホテルの部屋にボーイが遊びに行こうと来た(多分パッポンかどっか)がそれどころでなかった。
とにかくベットの上でうなされていた

香港の乗換えではめちゃくちゃ体調が悪く、待っている時見知らぬおばちゃん(多分香港人?)に薬を貰った。

昨日友人(O氏)が宮城より上京。

ということで友人たちと飲みに行きました。


自分を入れて全部で8人

派遣国は違うけど全員協力隊の同期です。

(♀5♂3)


O氏と会うのは自分が大阪にいた時以来だから・・・

何年だ???

えっと~

たぶん10年ぶりぐらいだろう。


まあその他の人達も

普段はあまり会わないけど・・・


O氏10年ぶりに会ったが

ほとんど変わっていなかった。


O氏に限らず

女性陣でも協力隊の派遣前研修から数えたら

早12年以上。

それでも・・・

そんなに変わっていないかも。。。



O氏は当時彼は大学出たばっかりで

社会経験なし。

それが今や立派になって!!!(?)


ということで・・・

食い7飲み3ぐらいでしたが(私は)

3時間でお1人4200円でした。