今日は朝起きた時から頭が痛かった。
昨日あまり飲んでいないんだけどなあ。
普段ほとんど酒を飲まないから、弱くなっているのか?
でも二日酔いにならないということは、アセトアルデヒト分解酵素がそれなりにあるっていうこと?
酒は昔から晩酌しない習慣なので、普段何もなければ全然酒飲まなくても大丈夫。
お酒は外で飲むものって刷り込まれています。
昨日は・・・
紹興酒が体質的に合わないのか???
検索ワード
「ユネッサン回春マッサージ」
なにゆえ???
確かに去年ユネッサンには行った。
最近はほとんど行っていないがタイマッサージの記事は書いた。
ただ回春マッサージとは書いていないと思う。
その前になぜユネッサンと回春マッサージが並列???
ユネッサンは家族向けの「健全」だし・・・
なんでこのワードを並列してヒットするのか???
兵庫といったらやっぱりイメージは神戸。
神戸は神戸でも福原とかそんなことは思いません。
(そもそも行ったこと無いし・・・)
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最初に行ったのは確か大学の3年生の時の春休み。
現場見学というのが希望者であってそれに申し込んだ。
神戸とその当時まだ建設中であった明石海峡大橋等と見に行った。
有馬温泉にも泊まった記憶がある。
当時金沢の工学部は3年生から4年生に上がる時に留年があった。
私はその時留年当確線上にいた。
2年生の時に単位を落としすぎた。そして3年生の終わりに多量の追試を受けた。
有馬温泉に泊まった時に引率の教授に、
「君は本当は留年だったんだけど、この現場見学に応募したから上に上げてやった。」
というようなことを言われた。
本当だったんだろうか?よく分からない。
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次に行ったのは大学の時というか大学院の一年生の時。
当時の彼女Tさんと一緒に神戸に行った。
神戸の震災から確か1ヶ月ぐらいたっていて、Tさんのおばあさんだかにお見舞いを兼ねて会いに行った。
三宮だったかな、そこでまだ電車が止まっていて周りの景色はまだ焼け野原。
本当にびっくりした。
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大阪にいた時は近い割にはあまり神戸には行かなかった。
大阪でことが足りたから。
そういえばジンバブエ隊の人達が大阪に集まった時に神戸に遊びに行った記憶がある。
中華街は1回しか行ったことがない。
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神戸以外の兵庫は・・・・姫路に行った。
大学のサークルの人達との旅行。
姫路城を見た。
あと何したっけ?覚えていない。
それから・・・・城崎温泉に行ったことがある。
Tさんの前の彼女Sさんとの旅行だ。
カニの季節じゃなかったかも。外湯巡りをした記憶はある。
島根に行った時の帰り、城崎温泉、天橋立と行った。
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あとは・・・無い。
甲子園も見に行ったこと無い。
家の母方の祖母の方の出は兵庫なので、明石には大叔母さん(おばあさんの妹)がいるけど
行ったことあるのかなあ?たぶん無いと思う。
今日何気なくテレビを見ていたら
今年の5月に金環日食が東京でも見れるそうですね。
金環日食は見たことが無いのですが、約11年前皆既日食はジンバブエで見ました。
その時のことを前に書いたものがあったので・・・
ちなみに・・・
月の位置が遠い日食は太陽の中に月が入る金環日食
月の位置が近い日食は太陽が月で完全に隠れるので皆既日食
みたいですね。
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2001年6月21日、ジンバブエ北部で皆既日食があった。
日本では滅多に見れないものなので、
ここは見ないといけないだろうと何人かの隊員と見に行きました。
100%の日食が見れる場所を探して、
結局KOTOWA(コトワ)というところにあるPumpkin Hotelというところに決定。
6月20日夕方よりHarareからNYANAPANDA(ニャマパンダ)方面のバスに乗りKOTOWAへ。
ホテルは・・・
メインロード沿いにはあるけど、なんでこんな何にも無い場所に建てたんだっていうところにありました。
ホテル自体はまあまあです。
ホテルにはもう既に結構な人がカメラ・ビデオのチェックに余念が無い。
日本人の姿も結構見える。やはり天文マニアはすごいもんだなあ。
その日の夜には南半球の星は滅多に見れないからといって撮っていた。
翌日ホテルの中庭(?)にて日食が起きるのを皆で待つ。
皆目を傷めないように遮光グラス・・・
といっては言い過ぎで、紙に色セロファンを貼ったものをつけている。
ウルトラセブンの諸星ダンのウルトラアイみたいだ。
それを皆しているので傍目からすると変な光景だ。
日食はというと・・・
これはなかなか言葉で説明できない。
昔の人が恐れたというのも分かる。
皆既直前まではまだ明るいけど、
ダイヤモンドリングが見える前は世界が一挙にネガに反転した感じ・・・・
それで皆既日食になると周りに星が見える。
うーん・・・言葉ではやはり説明できないか・・・・
ホテルの料金は日食料金で割高だったけど良いモノが見れたと思い納得。
さて帰りは・・・
そのまま帰ったらもったいないという事でKOTOWAの先へ。
NYAMPANDAのBORDER(モザンビークとの国境)へ向かうことにした。
国境好きとしてははずせないとこである。
ここはジンバブエからモザンビークに行く国境としてはメジャーな国境で、NYAMAPANDAはモザンビークに行く車がチェックのため結構いた。
取り合えず国境は見てモザンビーク人から「シーノ、シーノ」と言われつつ帰途についたのであった。
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※シーノ - まあ人種差別ですね。アジア系をなぜか下に見るアフリカ人達がいます。モザンビークはポルトガル語なのでチャイナがシーノになります。基本的にアジアに興味が無い人にとっては、アジア圏の人を見ると、ひとくくりに中国人としてみなします。
グリーンジャンボ宝くじの結果
自分 連10枚
奥方 連10枚 バラ10枚
奥方に自分の買ったやつも渡して、神様(当然バリヒンドゥーのね)にお祈りしておくように言ったので、
どれが自分の買ったやつだかは分らなくなった。
で、結果
3,000円 2枚
300円 3枚
計 6,900円
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自分とお嬢さま半分ずつ 連10枚
お嬢さま バラ10枚
半分ずつ出して買ったやつで
10,000円 1枚
それと 300円 2枚
計 10,600円
やっぱり4等以上はなかなか当たらないもんですね。
当たり前か・・・
駅のホームで大声で怒鳴っている人がいた。
相手はいなかった。
点字ブロックの上で一歩前進一歩後退を繰り返している人がいた。
川沿 いで道に座って自分のシャツを縫っている人がいた。
シャツはぼろぼろだった。
三寒四温
もうすぐ春ですね。