2009年が幕を開けました。
100年に一度とも言われる金融危機に見舞われた2008年を終え、最初の年。
確かに、2008年は大きな変化があった1年でした。昨年の今頃、世界経済、社会がこんな風に変化しているなんて、誰が想像したでしょう。
2008年を表すキーワードは『変』でした。『変』とは言うけれど、2008年の1年間を通じてを表すものというよりは、米国のサブプライムローンに端を発した金融機能の変調が9月のリーマン・ブラザーズの破綻をキッカケに急速に世界中を駆け巡り、世界中を未曾有の経済危機に巻き込んだ今年最後の四半期に集中する大変化を象徴するものだと思います。
それほどまでに、速く、大きく、年終盤に向けて加速的に変化した1年でした。
私自身も、昨年の今日、自分に誓った目標は、奇しくも達成することはできたものの、この世界中の大きな変化をキッカケに自分の立ち位置を変えることになり、何が何でも達成せざるを得なかったために達成できたということもできたものです。
そう考えると、この大きな地球上の変化と自分の小さなキッカケとのシンクロニシティを感じざるを得ません。
なんて書くと、神秘的でなんか雲を掴むような話だけど、そういうんじゃなくて。
私ごときの、ちっぽけな一介の市井の人間だって、この大きな地球上の変化と無関係ではいられないということを言いたいだけで。
2009年は、もっと大きな変化があるだろうとも言われています。
私自身も、2009年から数年は、社会の価値観がひっくり返ってしまうような変調が起きるような気がしています。
こんな時代でも生き抜いていかなければならないわけで。
こんな世の中でも、泳いでいかなければならないわけで。
そして、こんな時代を生き抜き世の中を泳いでいくために、何が一番有効かと一生懸命考えてみると、これという決定打は見つからないけれど、やっぱり必要なのは『変化』じゃないかと思うのです。
時代の変化に合わせ自分が変化していくこと。
自然環境にあわせ生物が進化していき、進化できた生物動物だけが生き残ったという、ダーウィンの進化論のように。
この考えを、以前ある人にポツリと言ったらその人は「世の中の変化に合わせ自分が変わるのなんて、世の中にまかれるようで、寂しくないか。どうせなら、変化を起こせるようになりたくはないか」と言いました。「自分が変化していくのなんて、”逃げ”じゃないか」と。
その人の考えも、正しいかもしれません。
だけど私は、そんなに大きな力は持っていない。
そんな勇気もない。
自分で社会を変化させるほどの力も勇気も、ないんだと思う。
だから私が考えるのは、やっぱり、世の中の動きにあわせ、自分が変化しくこと。
変化して身を守り、子供達を育てていくこと。
世の中は、変わる。
だから、変わることを前提に、ささやかな自分の夢や希望の実現性を探り、行動していく。
角度によっては消極的に見えるかも知れないけれど、私はそのようにやっていこうと思っています。
そして、この2009年という新しい年の元旦にあたり。
5年後の今日には、達成できているようにと、ある目標を立てました。
それが何かは、自分と家族だけのヒミツ♪
5年後、2014年の今日、このブログで目標達成の記事が書けるかどうか。
変化するこの世の中で、自分の、このささやかな目標を達成することができるかどうか。
楽しみに5年間、過ごしていこうと思います。
縁あって当駄ブログを読んで下っている皆さんに、この1年が沢山の幸せを運ぶ年となりますように。