
ちょっとだけ「俺の家の話」をさせて貰いたいと思います。
未だにちょっと不思議な話を。
私の祖父は、私が13歳の頃に亡くなりました。
10万人に1人と言われる難病で、徐々に脳が固まっていき、記憶が失われていく病に侵され。
(記憶のままに書いているので、病気に対する知識が不十分かつ、間違っているかもしれませんが)
祖父に違和感を覚えたのは、私が10歳くらいの頃でしょうか。
「ばぁさんどこいった?」と祖母の居場所を私に聞いてきたのです。5分おきに2度。。
「さっき聞いて、俺答えたよね?」そう思いました。
「認知症」という概念がなかった私でしたが、人は歳をとると記憶力が若干悪くなるものだと、片田舎の老人の多い街で育ったが故に、肌感覚で知っていました。
当時祖父は75歳。
年相応の「ボケ」であろうと。
日を追う事に小さな違和感がより確信になりつつあったのですが、それでもまだ年相応の「ボケ」の範疇に収まり、その些細な違和感が日常のものとなり、些細さすら感じなくなっていったのでした。
私が12歳になるまでは。
12歳。私が中学校に進学してすぐのとき。
入りたての部活動の練習でヘトヘトになりながら帰ってくると、祖母が真っ青な顔をして家中を走り回っているのです。
「おじいさんが、どっか行っちまったよ」
祖父は近所に行くにも徒歩ではなく車を使う人でした。それに、黙って外出をすることはなく、誰かしらに行き先を伝えてから行く人だったのに。
それが、車も車の鍵も家に置いたまま、祖父の姿だけがなかったのです。
祖母には家に待機してもらい、私は買ってもらったばかりの通学自転車にまたがり、祖父を探しました。
砂利道から泥だらけの農道を全速力でかっ飛ばし、銀ピカの自転車を真っ黒に染めながら。
祖父がいたのは、1km程先の神社でした。
季節は5月上旬の日没間際。
日中は暖かくとも、夜は底冷えするほど寒くなる北関東の片田舎。
薄着のまま、手ぶらの祖父が、なんの目的もなく歩くのを見て、私は一瞬、今自分が何を目の当たりにしているのかわかりませんでした。
我に返ったときは、祖父の手を引いて家に連れ戻そうとしていました。
ここからは詳細は覚えていませんが、祖父は何やら支離滅裂なことを言って、かなりの力で私の手を振り払おうとしていたのは覚えています。
その後、明らかな「異変」が立て続けに起こりました。
ある日、学校から家に帰ると、居間に「うんち」の臭いが充満していたのです。
発生源はやはり祖父。
トイレに行ったあと、おしりを拭かずに出てきたのでした。
またある時は、私が遊んでいたテレビゲーム機器の赤いランプを「火だ」と言い出し、足でゲーム機を踏みつけにしようとしました。
祖父は喫煙家でしたが、口に葉の部分を咥え、フィルターに火をつけようともしていました。何度も何度も。
ある日祖父に歳を聞くと「50歳だ」と言い出し、(当時78歳) 「オラの母ちゃんどこいった?」と12年前に亡くなった自らの母をの居場所を聞いてきたのでした。
そして、「母ちゃんが心配だからオラ家に帰る」と急に深夜に騒ぎ出しました。祖父がいるのは紛れもなく自分の家なのに。
そんな祖父を「家に連れて帰る」という名目で残業終わりの父が車で何時間もドライブに連れて回っては家に戻って、祖父に「家に帰ってきた」と思い込ませていたのでした。
深夜2時頃だったでしょうか。
父はそのまま、5時には起床し、翌朝も会社に向かうのでした。
それでも常に「おかしい」わけではないのです。
「穏やか」な時もあるのです。
ただ、突然混乱しだす、烈火のごとく怒りだす。
そのスイッチがどこにあるのか分からない。
いつそれが入るか分からぬ恐怖、そして身も心も限界を迎えた父や母や祖母、怯える妹たちを見て、私はこう思ってしまいました。
「じいさんが死ねば全てが解決するのかもしれない」
続く


