ねこだまり日記。

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好きなものは好き、と。


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私の左右の第一大臼歯はいまだに乳歯らしい。

去年歯医者に掛かった際にたまたま発覚した。

 

レントゲンで見てもらった所、その乳歯の下に永久歯が見当らないから、たぶん先天性欠損との事。

替えがきかないから大事にしてあげてね~

と言われたのに、とりあえず「ブリッジ掛けるのに邪魔だから」と右の乳歯をあっさり抜かれた。

大事にしろって今言ったのに。

 

でも抜かれたものはしょうがないから、残った左の第一大臼歯をそれからとても大事にした。

固いものどころか豆腐さえそこでは噛まなかった。

噛む為の大臼歯なのに一切仕事をさせなかった。

そこだけ念入りに念入りに歯磨きした。

それはそれは大事にした。

 

なのに、

そんな私の左の第一大臼歯がこないだからぐらぐらしてる。

 

そんな、まさか…。

 

たまたま噛み合わせでその歯が押されると、刺すような痛みがある。

 

そんな、馬鹿な…。

 

しばらく我慢したけど、今はもう舌で軽く押しただけで揺れてる。

明らかに浮いてる。

 

嫌だ、認めたくない。

 

だめ、抜かれたくない。

 

幾つになっても自立しない子どもをため息つきながらも甘やかして手放せない母親ってきっとこんな気持ち。

ここ(私の口腔内)にずっといて欲しい!!

 

 

なんて状態で早一週間。

騙し騙しやってきたけどそろそろけっこう痛い。

 

 

……あの子に家を出てもらおうかな。

かわいい子には旅をさせろって言うし。

 

 

でもその旅の切符は片道切符。

二度と帰ってこないんだよな……。

 

 

悩むなあ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人になっていいなと思う事の一つは、やりたいと思ったら出来る、という事。

もちろんお金、時間、状況いろんな制約はあるけれど。

でも、やりたいと思った事をやってみようと動き出す事は、必ず出来ると思う。


で、歳を重ねるにつれて思うのは、新しく何かを始めたいというのと併せて、昔もやもやした事に改めて向き合ってみたいという事。


というわけでマラソン大会に参加しようと思ったわけです。


昔から体育が、運動が大嫌いだった。

特に、小学生の頃50mや100mの記録を計る時、出席番号の都合で必ず足の速い子と一緒に走らされるのがとにかく嫌だった。

足の遅い子が、足の速い子と毎回ペアで走らさせられるとどうなるか。

学年1足の速い三浦さんと一緒に走るとどうなるか。


答えは卑屈になるです。


ただでさえ苦手だったのに、その内やる気さえも完全になくなって、走る事が苦手な小学生はその内運動全部を嫌いになりました。


でも成長するにつれてわかった事があった。

例えば球技はコントロールが絶望的にノーコントロールだから周りに迷惑掛けるけどゲーム自体は好き、とか。

ヒップホップとか苦手…、だけど音に合わせて体を動かすのはとても楽しい!、とか。

逆上がりの最後の授業で、あともうちょっとで出来そうで出来なくてやっぱりねと諦めたけど、「もう出来る!絶対出来るよ!」と言ってくれた先生の言葉が本当は嬉しくて本当はもう少し練習したかった、とか。

実はちょっとずつわかってた。


よーく考えてみたら、確かに体育の成績はずっと悪かったけど、でも運動は嫌いじゃなかった。


から、「私は本当に走る事が嫌いなのか」を今回検証してみたいと思った。

嫌いじゃなかったら儲けもん!


私の住む町の隣には、給水ならぬ給スイカを振舞ってくれる市民マラソンがある。

正直、「私は走る事が嫌いなのか検証したい」気持ち30%、「スイカ食べたい」気持ち70%な気もする。

けど、まあいいか。

今は体力作りに萎えそうになる気持ちを、ランニングウエア一式大人買いして何とかテンション上げてる状態だけど、今週末が過ぎた時に自分がどういう答えを出すか。

あの頃の自分ともう一度向き合えるというのはとても楽しみ。



ご近所さんからもらったスイカを、私はもっと美味しいスイカ食べるんだから!と拒否した時の一枚。


「美味しーい!」「甘ーい!」

と絶賛の息子と父に、本当は私も一口欲しかったけどもう言えない一枚。








うちのちんたろさんはパパの事が大好きだから、ちんたろさんの前ではパパの事をメッタクソに言わないように日頃とても気を付けている。

でも先日あれも欲しいこれも買ってと言う彼にいけませんと叱ると、「じゃあいいよ自分のお小遣いで買えるもん」と返され、思わずカッとなって、思わず言ってしまった。
お金をそんな風に思ってはいけない。
あなたのパパは、お金の使い方を間違えてしまったから、今あなたと離れて暮らさないといけなくなってしまったんだよ、と。
後悔した。
後悔したけど、口から出てしまったものはもう回収出来ないから、改めて同じ事を丁寧に繰り返した。
まだ早かったよなあくらいに、その時思った。

そんな事があってから後日、お風呂の中でちんたろさんが突然「今度パパに会ったら、ゲームの回数減らそうねって話すんだ」と話し始めた。
まだパパが定期的に会えてた頃、毎回彼等はゲームセンターに行ってとことんゲームを楽しんでいたのを聞いていたから、なんで?ゲーム好きなんでしょ?と聞いたら、
「ゲーム減らしたらお金も減らないでしょ?そうしたらパパももっと近くに来れて、もっと減らしたらもっと近くに来れて、そうしたらいつかまた一緒に暮らせるかもしれないでしょ?だからパパにそうやって言うんだ」
と答えた。

わかってるつもりで、いつも忘れがちになってしまう。
子どもは自分が思っている以上に現実をわかってるし、親が思えもしない所までもっともっと突っ込んで考えているし、彼等はしっかり明るい未来を見てる事。

「うん、そうだね。今度パパに会ったら言ってあげてね」
と返しながら、
「もうパパはきっと二度と来ないよ」
と思う本心。
どっちも本当だけど、自分にプラスをする事で何かが動くと信じる子どもの目線の風景の先は、いつでもクリアでありますようにと、願う事を忘れてはいけないと思った。