宮脇檀さんは建築家としても有名だが、椅子のコレクターとしても有名である。
僕がある企業の建築PR誌「春夏秋冬」の編集長をしているとき、対談相手になっていただいた。
以来、ときどきご相談に伺ったりするようになった。
宮脇さんとは、VANが好きなことや都市生活スタイルが好きなこと。
植物が好きなこと。テラスが好きなことなど、お互いに共通点が多く、いつお会いしても話が弾んだ。
なかでも椅子は宮脇さんが大好きな趣味だった。
シンプルな椅子が好みの宮脇さんは、イームズの椅子も好きだった。
なぜイームズの椅子がすばらしいかは,宮脇さんから学んだ。椅子だけではない。
宮脇さんからは、都市生活に関しても教えていただいた。
フランスパンをバックに入れて,電車に乗って家に帰るのは,たとえ丸の内に勤めていても都市生活者ではない。
都市生活者というのは、都心のアパートの7階に住んでいて,住んでいる近くのパン屋でフランスパンを買い、その場で温かいまま食べる。
つまりパリジェンヌのように、おいしいパンが,自分が住んでいるエリアの徒歩5分以内にあるのが、都市生活者であると,言っておられた。だから、洗練された都会人になるためには、郊外に流出した人々を都心に呼び戻さなければならないと,力説していた。話が逸れたが,椅子の生活は、都会の生活者の象徴でもある。
宮脇さんも僕もテーブルには興味がなく、椅子になると目の色が変わる。
僕がいちばんお気に入りの椅子は、チャールズ・イームーズがデザインして、ハーマンミラー社が製作したアルミナム。

この椅子を初めて見たのはフリーマーケット仲間の山田裕さんの家。
彼は先祖代々お金持ちで、荻窪に500坪ほどあるクラシックな家に住んでいる。
謙虚な性格の彼は、自分が裕福であることを自慢したりしない。
それに感性がすばらしく、ファッションや小物、日用品に至まで、ブランドを身につけているわけではないが豊な感じがした。
その彼が唯一持っていたブランド品がイームズのアルミナムの椅子である。
この椅子を彼の部屋で見たとき僕は衝撃を受けた。
「こんなにすばらしいデザインの椅子が世の中にあるのか!」と,言った驚きである。
彼も僕同様、この椅子に出会ったとき、芸術的な美しさに感動。
貯金とボーナス全額を投入して手に入れたのだ。
たぶん彼が購入した金額は60万円くらいだったと思う。
僕も欲しかったが、とても椅子一脚に60万円は出せない。
でもアルミ・ダイキャスト製の完成度が高い椅子は、ずっと僕の心のなかに残っていた。
彼の部屋で見たイームズの椅子を、偶然渋谷にあるヴィンテージ家具屋のバーゲンで見つけた。
友人のアルミナムは革張りであったがバーゲン品は布張りである。
さらに友人の椅子の脚は4脚であったが、こちらは5脚である。
彼のアルミナムを見たのは、30年も前なので、その間に多少改良されたと思われる。
バーゲンの椅子の値段は約10万円。
安くはないが高くもない。
でも予算的に僕は8万円が限度だった。
そこで店のオーナーに交渉。なんとか85000円に負けていただいた。
嬉しくて椅子の周りでインデアン・ダンスをして奇声を挙あげた。
さらに朝から夜まで毎日椅子に座って1カ月。
「さよならみゆき族」というタイトルの中編小説を書き上げた。
いまは何脚か椅子を所有しているが、やはりアルミナムが僕の椅子の最高峰。
もし地震がきたらアルミナムを持って避難するつもりでいる。
アルミナムの次に好きな椅子を最近発見した。
半年ほど前。用事があって甲府市の南,田富のあたりをクルマで通ったとき、子供用の椅子を見かけた。
店はリサイクル・ショップで、椅子だけでなくオートバイ、自転車、家電製品、家具などいろいろなものが並べられていた。
僕が見つけた子供用の椅子は、雨ざらしになっていたので合板の椅子が多少色褪せていた。
布で椅子をきれいに拭くと、背当ての合板に乙女チックな少女マンガのヒロインが描かれていた。

この椅子のすばらしい所は,スチール製パイプで出来ている脚である。
脚底が丸い円を描いていて、それが3本のスチールパイプでベニア板の座面の下部に取りつけられている。
スチールパイプはすっかり錆びて黒っぽい色をしているがこんなに愛らしい椅子を誰が考えたのだろう。
値段は2脚で5000円。
イームズのデザインに負けない個性的な椅子なのに、驚くほど安かった。