江ノ島の橋のあたりで商店街を背景にしたモノクロ写真が残っているから、たぶん間違いないと思う。
修学旅行の自由時間に商店街をブラブラしていたとき、小さな貝殻から顔を出しているクロンボが目に止まった。
まん丸な黒い顔にまん丸な目。
唇だけが紅く,頭にバンダナのようなものを巻いていた。
「う〜ん可愛いクロンボちゃん」。
よく見ると、耳に大きな輪のようなイヤリングをつけている。
僕は顔が面長だからか,女性は丸顔が好みである。


クロンボコケシは,典型的な丸顔。恋人にしたいくらいである。
僕は周りに友達がいないのを確かめて、クロンボコケシをこっそり二体買った。
男の子がコケシを買うのは恥ずかしい。
クロンボコケシを買ったことが友達にバレないよう素早くリックに入れた。
成人になって。
確か38歳の秋。
明治公園のフリーマーケットで偶然クロンボコケシがビニール・シートに並べられているのを見つけた。
瞬時に懐かしい中学時代の修学旅行が蘇った。
でもよく眺めると,シートに並べられているクロンボコケシには貝がついてなかった。
僕はクロンボコケシを売っている若い男性に訊いてみた。
「貝殻がついているクロンボコケシはないの?」と。
すると彼は「貝がついているクロンボコケシは数が少なく,ほとんどのクロンボには貝はついていません」とのことだった。
まあ別に貝があろうとなかろうと、クロンボコケシが可愛いらしいことに変わりはないのだから買っておこう。
それで、彼に値段を訊いた。
クロンボコケシは一体が500円。
さらに「いくつかまとめてお買い上げいただければ、お安くしますよ」と、大胆な発言。僕は迷うことなくシートに並べてあるクロンボコケシをすべて買った。
すべてといっても10体くらいだが、値段は全部で3000円。
こんなに安くていいのと、思ったが。僕にとっては安いことはありがたいから「安すぎないか」と言うのは黙っていた。
10体ほど並んでいたクロンボコケシは、それぞれカタチや大きさ表情が異なり、眺めていてもアキない。
帽子を被っているコケシ。
船のような板に乗っているコケシ。
カップルで仲良く並んでいるモノなどさまざまである。
下町工場の叔父さんたちの手作りなのか僕にはわからないが。
この日からクロンボコケシにハマった。
アメリカのニューメキシコ州サンタフェのフォーク・アートとクロンボコケシはなんだか似ているような気がする。
なぜ日本で黒人のコケシが生まれたのか,その背景は定かではないが。
クロンボコケシがもっている素朴さ、可愛らしさ、手にしたときの温かさは、ニューメキシコのフォーク・アート作品と遜色ない。
僕はクロンボコケシをジャパニーズ・フォーク・アートと認定したい。
これはブリキのオモチャが,単に子供の遊び道具だけでなく、いまや価値のある骨董品として認められているように。
できればクロンボコケシもおみやげ品から格上げしてあげたい。
ブリキの価値は北原照久さんをはじめとするコレクターの方々の功績によるところが大きい。
昔は骨董屋の薩摩ガラスの横にころがっていたブリキのおもちゃが骨董品として見直されたように。
クロンボコケシも無名ではあるが日本の職人アート作品として見直されてもいいのではないかと思う。
10年以上前になるが、新宿三井ビルの広場で行われたフリーマーケットで、ガラスケースに入っているクロンボコケシを見かけたことがある。
ガラスケースは二箱あり、そのケースの下には大きな風呂敷が敷いてあった。
クロンボコケシを並べている叔父さんは70歳くらい。
クロンボコケシだけを並べているのが僕には異様に思えた。
クロンボコケシはガラスケースに入っているモノや、風呂敷に並べているモノを含め100体ほどあった。
僕は別の店に用事があり後で寄ろうと思っていたのだが、手間取ってクロンボコケシの出店に行くのが遅れた。
慌てて叔父さんの出店に向かったが。
叔父さんはガラスケースを風呂敷に包んでいる。あっという間に風呂敷に包んだガラスケースを両手に下げ,フリーマーケット会場から姿を消してしまった。
僕はあっけにとられ,ぽか〜んとしながら叔父さんを見送った。
クロンボコケシだけをなぜ売ろうとしたのか。
話を訊きたかった。
また100体ものクロンボコケシをどうやって集めたのかも知りたかった。
でもその疑問はついに訊くことができなかった。
