中国人留学生の日本式就活日記 -4ページ目
大学を卒業する前、
就職活動をやって、
やはり現実は厳しかったです。
ブラジルの経済は
不景気だ、
しかも、いつも
自分は外国人に見られ、
排斥されます。
いろいろな方面から
考えて、
ブラジルの
日系企業に
就職しようと決心しました。
ついに合格して、
2ヶ月の
日本語研修を受けました。
勉強を通じて、
お父さんはどうしていつも
日本の習慣を
持っているか、
よく日本のことを話すのかわかりました。
以前、
ずっとお父さんと
口論ばかりでしたが、
今回、
お父さんの気持ちを理解して、
だんだん日本語で
お話を掛けて、
お父さんも喜ばせました。
勿論、
いい子になりました。
半年後、
日本に赴任をしました。
現在、
ある人材派遣会社に勤めます。
仕事は主に在日ブラジル人の
求人票を登録して、
会社に紹介します。
しかし、・・・・・・・・
座り先の隣はもう一人の
ブラジル人がいます。
話しをかけて、
彼女は大学を
卒業して、
2004年から日本へ
やってきました。
お父さんが日本人ですが、
お母さんがブラジル人です。
子とも時からお父さんは
ポル語しか勉強させなかった、
全然日本語を
教えてくれなかったです。
小学校に入って、
友達があまりいなかった。
なぜなら、顔を見て、
彼女が外国人だと
すぐ分かります。
話をかけても、
回りのブラジル人達から
笑われてしまいました。
恥ずかしくて、
恥ずかしくて、
なかなか友達をできなかったです。
クラスの中に、
もう一人日本人います。
よくその人に話します。
というのは、
その人のポル語の発音が可笑しくて、
面白かったです。
今日、本当に疲れた
一日です。
午前、刈谷市公民館に
通いました。
午後、部屋を掃除して、
荷物を整理しました。
残りの分は、
金曜日までに、
すべて終わらせるように、
毎日少しずつ片つけます。
昨日の夕方、
久しぶりに公民館の
日本語教室に通いました。
10分間遅刻した、
結局、
座り先がなくなってしまいました。
以前、
一対一ですが、
今は先生一人学生2、3人の
形になっています。
どうしようかと悩んでいるうちに、
早川先生が
私の座り先を指定されました。
続きは明日へ・・・

