ラスカル家の問題 | ちんちくりん的視点 “warped view”

ちんちくりん的視点 “warped view”

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ある日突然、うちの庭にアライグマの一家が現れました


最初は1


夜中にキュルルキュルルという聞いたことのない甲高い声と、バタバタと暴れるような物音がして、見ると軒下から尻尾に縞々のあるタヌキが飛び出してきました


その後しばらく近くにある柿の木に登って隠れていたようですが、見つかると慌てて逃げていきました









それから3日後の夜、今度は4匹のアライグマがわらわらとやってきて、我が物顔で遊び回っているのを目の当たりにしました


めったに鳴かないというアライグマがキュルルとしきりに鳴いていたのは、どうやら家族とはぐれた子どもが親を探していたらしいと分かりました


これはさすがに放ってはおけない






最近ではクマやイノシシが山から降りてくるのは当たり前、大蛇が住宅地に逃げ出したり、南アフリカの巨大鳥が千葉の田んぼを飛び回ったり、中国ではまるで「地ならし」のごとくアジアゾウの大群が町に押し寄せてきたりする異常な世の中です


それに比べたらアライグマなんか可愛いもの、と思ったら大間違い


放っておけば年々増え続け、生態系の破壊、伝染病の媒介、農作物の被害、家屋に住み着いて騒音や糞便の被害、、、などなど、影響は多岐に及びます


どんなに可愛くてもアライグマは有害な外来種、日本古来の自然環境に及ぼす悪影響は計り知れません


テレビアニメの影響でペットとして飼うのが大流行した70年代、たくさんのアライグマがアメリカから輸入されましたが、適切な飼育がなされず逃げ出したり、最後まで飼いきれず無責任に放棄されたりしたものが野生化し、この数十年で爆発的に増えてしまったと言われています




神奈川県では「アライグマ防除実施計画(第3次計画)」を策定、「捕らえ次第、殺処分」、最終的には「完全排除」を目指すとの方針を打ち出しています




けれど、そもそも動物たちには何の落ち度もありません


彼らにしてみれば、日本古来の美しい自然だの、希少保護生物だの、山田さんが丹精した畑の収穫物だの、何の意味も持ちません


人によって突然放り出された見知らぬ土地で、種の保存本能に従って生存競争を生き抜いてきた結果が、人間にとっては都合が悪かった、という一方的な話


この土地の環境に見事に適応し、豊かに繁殖し、その代わりに弱い種が淘汰されていくのであれば、それは大きな自然の流れの中では当然とも言えること


地球規模の大きな自然環境の変化は、長い歴史の中で何度となく繰り返されてきたし、その度に自然は絶妙なバランスを保ってきたのです


果たして自分たちの狭い価値観だけで判断できることなんだろうか


この微笑ましいどうぶつ家族の映像を見て、何か理不尽さを感じませんか


もちろん、だからといって地域社会の一員として、自分や近隣住民に被害を及ぼすと分かっているものを放っておくこともできないのです


そこで然るべき機関に報告、相談をしてみました


川崎動物愛護センター・担当者A☎︎アライグマが出た場所に箱罠を仕掛けて捕獲するか、ご自身で防除対策をとっていただくかのどちらかになります

 ─捕獲でお願いします


担当者A☎︎捕獲したアライグマは殺処分になるのでそれに許諾をしていただく必要がありますが、よろしいですか

 ─僕が殺処分を判断することになるのですか? それは嫌です


担当者A☎︎では捕獲しない、ということで申請は取り下げます(あっさり)

 ─捕獲しないで放っておいてもいいんですか


担当者A☎︎それはよくはないですが、あとはご自身で対策をしていただくしか

 ─でも、うちに来なければいいという話ではないですよね。殺処分しない方法はないんですか


担当者A☎︎そうおっしゃる方もよくおられますが(笑)、ありません(キッパリ)


つまり、僕の責任において我が家の敷地内に罠を仕掛け、僕の責任において捕獲の報告をし、僕の責任において捕獲動物を引き渡し、僕の責任において屠殺の許諾を出す、それに同意しない限り捕獲はできない、つまり何の対処もしてくれないのだという


これは逆に言えば、県として住民に協力を強制することはできないということでもあるし、捕まえた動物を住民が勝手に逃がしたりかくまったりできないようにするためでもあるらしいのです


でも、これでは一目撃者でしかない一般市民に、全ての判断と責任を丸投げしていることにはなりませんか?


もっと言えば、たったひとつの結論に無理矢理に同意させるよう仕組まれた誘導尋問みたいなものではないですか?


更に、1度目の目撃の時に報告した情報を、2度目の報告時にはすでに破棄してしまっていたことにも驚きました。繁殖の実態を知るためとして情報提供を呼びかけておきながら、目撃時の状況を詳しく訊かれることもなかったし、たった3日でデータを破棄するというのは理解に苦しみます。県や専門機関は駆除に真剣に取り組んでいるのでしょうか?


僕は県の防除計画に従って目撃情報を報告しているのに、県は対策にまるで消極的で、こちらにだけ重い決断を押し付けるのはどう考えてもおかしい


せめて、①近隣一帯にこの目撃情報を周知して注意喚起をする②他に同様の目撃情報がないか聞き取り調査をして捕獲の協力をお願いする、最低限この2つくらいは県側の責任でやって欲しいと要望を出しました


動物愛護センターの部長B氏からは、「県に上げて検討します」と明確な返答はもらえませんでしたが、検討した結果の報告を約束してくれたので、とりあえず捕獲には協力することにしました


いやいや、そんな約束がなんになるの?責任をほんの少し分担しただけで、やることは同じでしょう?ただの気休めじゃないか


そう言われたらその通りです


でも、自分ちの庭がある日突然、わくわくどうぶつランドみたいになってしまっているのを目撃したら、あなたならどう思いますか?


今までどこか他人事のように思っていた外来種問題の最前線に、突然、当事者として放り出されてしまったのです。当事者になってしまった以上、関係ないではもう済まされない。苦しい決断を自分自身で下さなくてはいけないんです


とはいえ、なんだかんだ言っても、当面できること、やるべきことはたったひとつしかないという罠…


結局、箱罠を仕掛けることにはなったものの、捕まらないでほしいと思う気持ちの方が強いというのが、正直な今の本音です


だけどこれがもしどう猛なクマだったら?猛毒を持った毒グモだったら?そんなものが辺りをウロウロしていると考えたら?たまたま可愛らしいアライグマだから同情しているのなら、それだってつまらない人間のエゴだ


この難しい問題をどう考え、どう結論付けるべきなのか、心の整理も頭の整理もまだぜんぜんできていないのです


罪深きラスカル一家よ、

君らのせいでグルグルモヤモヤが止まらない



〓ちん〓



〈参考〉

神奈川県アライグマ防除実施計画について

https://www.pref.kanagawa.jp/docs/t4i/cnt/f986/p10115.html