差別を商売にしていた時代3
この日本でいうバブル景気とでも言うのか、見世物小屋が流行した時代でした。
ま~ひどいものになると片目を眼帯で隠して一つ目小僧とやってたらしく
何でもかんでもありありの時代だったようです。
こう言った、今でいえば移動サーカスというか見世物小屋が商売になると
踏んでこの見世物小屋が乱立したそうです。
そうなると、興行師達も、英国中いや英連邦から何から、見世物への
リクルート活動も激化していきます
像のような皮膚、骨や皮膚が変形して言葉も上手くしゃべれなかったメリックですが、
後に彼を救おうと手を差し伸べた医師や看護師によると、
メリックは相当の皮肉屋で自分の運命と合わせて世の中を斜めに見ていた。
しかしながら、聡明で非常に頭が切れ、彼の文章能力も非常に高いものだった
とのことです。
何とメリックは、英国中で売れっ子興行師兼コメデイアンに何との自分を
化け物小屋に売り込む手紙を送りつけます。
最初は半信半疑だった興行師も地元レスターでの裏を取り付け、ロンドンから
すぐにレスターに向かいます。今では特急で2時間ほどの場所も
汽車では5~6時間もかかったそうです。
勿論興行師が彼を一目見た衝撃!即採用でした。
ジョン メリック彼こそが、被差別者でありながら自分の興行価値を
わかっていた人物かもしれません