米国とそれにすりよる日本潰しは、1921年に決定化された 3?

そして、決定的な日本潰しが始まるのが、1918年の第一次終結後に

開催されるワシントン軍縮会議となります。

英国の要請で、第一大戦に出兵する日本は戦後太平洋の独領諸島を

引き継いだり、満州のみならずフィリピンを拠点とする米国のアジア

太平洋進出の目の上のタンコブとなり全く目障りな存在になっていきます。

一方、1901年頃から組織化を進めてきたロシアの共産勢力は

1917年のロシア革命で、暴力革命によるテロ活動が全国化し

遂にロマノフ王朝を打倒し、王族、幹部連中の処刑。ブルジョアジー

~資本家、大地主、商人達とこれに関わる従業員などの財産、土地を

一方的に没収。彼らを虐殺します。虐殺を逃れるためロシア国外へ

に逃れるロシア人が相次ぎます。満州の日本租界地にも多くの

逃げ出したロシア系人民が集まり更に北海道に渡るものもでてきます。

又、米国まで逃亡するものもでてくるのですが、ここで同時にロシアの

共産分子も米国にまぎれ込む(スパイ)結果となります。{何と、海外の

ソビエト支援機関がアメリカでよりによって結成されたりしています)

ある面、鉄板のゴリゴリの米国保守至上主義者といわれる共和党の

大統領ハーディングは国際連盟加盟再度拒否。ワシントン軍縮会議の開催

などを行い対日強硬派の共和党大統領になります。

この2年近く合意にかかる軍縮会議は日本の閉じ込めで軍艦の保有比率を

英米が5ずつ、日本は3の比率とする。日英同盟の自動更新をせず失効

させる。日英米仏の4ケ国条約で多元的な安全保障とするなどとしますが、

この条約別に同盟でも条約でもなく、4ケ国で太平洋地域の相互権利の

尊重しましょうよ程度のものです。

英側では別に日英同盟破棄する特段な理由もなく、東アジア地域は日本を

番犬に置けばよい。日本側も英領や英占領地域から石油や鋼材、資源が

輸入できれば良いので特に問題ないのですが、第一次大戦で大規模な官民

融資を行った米国が英国に異常なプレッシャーをかけ日英同盟の破棄を決行

日本の国際的孤立の第一歩を踏み出します