米国とそれにすりよる日本潰しは、1921年に決定化された 4?
日本の左翼系教科書などはここの事実を知られたくないので、本当に
さらっとワシントン会議で軍縮決定。日英同盟の破棄など数行で終わらせて
いるようです。
この後1925年ころから、シナ、朝鮮、そして対日移民排斥法が米国
で可決し、東アジからの米国移民ができなくなります。(後にカナダも
これにならっていきます)
それでも、まだこの時点では国民党蒋介石派の執拗な米国での「倒日」ロビー
活動にも関わらずシナ一辺倒の政策ではなかったようです。
ここまでが、日露戦争後の、ロシア共産党流血革命、ワシントン軍縮、
日英同盟破棄。
次の日本の孤立化が1928年ごろから30年代に激化されて行きます。
1927~8年ソビエト社会主義共和国連邦(内戦やイデオロギー
闘争を口実にした殺し合い)が発足しスターリン(グルジアの小人髭)
が権力を握ります。
シナでは、国民党の蒋介石派が最大勢力になり彼が国民党総裁を就任を
宣言します。
シナの共産ゲリラも相まって満州からシナ北部地区での日本人居留民や
軍隊を標的にした、テロ、ゲリラ行為が頻発し(裏には米英独ソの
資金提供があったと言われます)、シナ大陸からの日本追い出し活動が
本格化します
時は、世界大不況で各列強はブロック経済化を図り、英連邦系のポンド
ブロック、仏共同体のフラン ブロック、衛星国化に成功した米と中南米
地域のUSドル ブロック。輸出制限、輸入品対する高関税化、
外貨の両替、受け取り拒否など国内的には高橋是清の政策でいち早く
立ち直った日本ですが、エネルギー資源が入手できず、輸出も制限
され国際的には非常に困難な状態に陥ってきます。