米国とそれにすりよる日本潰しは、1921年に決定化された 5?

当時、米国共和党のフーバー大統領は珍しく日支に対して平等に見ていて

米国が戦争に参加する、特になじみもなく、遥か彼方のアジアでの

参戦など絶対回避するつもりだったそうです。

しかしながら、大恐慌への対策が上手くいかず、あの狂人フランクリン

ルーズベルトに大統領選に敗れてしまいます。

時を同じくして満州事変、満州国の成立。日本の国際連盟からの脱退

などが相続きます。

ブロック経済で痛めつけられた日本は満州に資源採掘をかけるしか

英仏蘭の植民地や占領地を収奪する以外になくなってきます。

当時、日本は英仏蘭と戦争する気など毛頭なく、ましてや英米同盟の

遠く離れた米国と戦争など現実味をおびたものではありませんでした。

このころから、英米も援蒋政策を隠す事もなくなり、一方シナ共産

ゲリラ、朝鮮北部の共産ゲリラ、外モンゴルの共産勢力に資金援助を

行い北部からの日本の囲いこみするためにテロ活動を激化させます。

ドイツはドイツで国民党軍に武器の売却、貸与、軍事指導を行います。

この状態で、更に仏印、蘭印と石油、鋼材の輸入契約の話まとまりかけて

いたのに、最終合意の所でのらくらりしてるところで、英米蘭の対日

石油、鋼材、クズ鉄などの輸出禁止、日本資産没収、凍結。米加での日本人

移民の収容所への移動。

戦争云々以前に完全に外堀を埋められていたわけです。1928年頃から

会戦の1941年末まで10年以上に渡り計画的に日本は追い詰められて

行ったわけです。

まさしく、米国がその御イランやイラク、リビアなどに行った所業と同じです。

だからアメリカ様には。。。。