自分がチリに渡ったW杯日本開催から2回目のW杯、私も思いがけないチャンスが来た。
某サイトにスペイン語が話せることを書いていたのだが、教えてほしいという人が現れた。
自分にとって、誰かに大好きなスペイン語を教えたいというのは、ささやかな夢ではあったものの、
現実問題ブランクもあり、スペイン語を使う機会も少ないので、諦めていた。
先日その方と電話で話したのだが、とてもやる気のある方で、自分もそれに応えたい。
自分がチリに渡ったW杯日本開催から2回目のW杯、私も思いがけないチャンスが来た。
某サイトにスペイン語が話せることを書いていたのだが、教えてほしいという人が現れた。
自分にとって、誰かに大好きなスペイン語を教えたいというのは、ささやかな夢ではあったものの、
現実問題ブランクもあり、スペイン語を使う機会も少ないので、諦めていた。
先日その方と電話で話したのだが、とてもやる気のある方で、自分もそれに応えたい。
私の住んでいたコンセプシオンが、ニュースステーションで生中継されていました。
記者の話によると、崩れているのは、一つのマンションだけで、普通の建物は、大きな損壊はないとのこと。
略奪などが深刻そうですが、軍も入り、治安は良くなっているのだと信じたいです。
他にも海辺の街ディチャトーが出ていました。
名前は覚えているのですが、夫は、一緒に食事に行ったと言っても、自分の記憶はなく、こうして忘れていってしまうのだと少し哀しくなりました。
コンセプシオンで過ごした3年間は、どちらかといえば、楽しいことよりも辛いことが多かった。でも、帰国して初めて、自分がいかに恵まれていたのか、とても貴重な体験を一度しかない人生ですることができたことを感謝している。いつもコンセプシオンの街と人が私の近くにいて、成長を見守っていてくれた。だから、その街と人が苦しんでいる姿を見るのが辛いです。でも、自分の思ったよりもひどくないことに安心しています。コンセプシオン在住の日本人が33人中32人安否確認出来よかったです。
ずっとチリから帰国して、チリのことを忘れないうちに書かなければ、と思いながら、日が経ってしまいました。
私がお世話になったチリのこと、復興という願いも込めて、書いていきたいなと思います。
私の住んでいた街コンセプシオンで大地震が起こった。
土曜日は久しぶりの飲み会に行く予定で、慌ただしく夕飯の支度をしていた時、NHKラジオから、チリの地震が聞こえたが、首都サンティアゴが停電で、震源が首都から何キロか聞こえず、夫に「チリで地震だって~」「たぶん北部かなあ」なんて会話をして出かけた。
友人には、「チリ大丈夫?」と言われたけれど、「ねぇ~」なんて呑気だった。
深夜遅くに就寝、朝友達から「もしかして、コンセプシオンって住んでいたところ?」とメールが。(ちなみに友人のメールは、土曜日に向かえが火事になったようで、お互いに驚きの内容でした)あわてて飛び起き、パソコンで調べる。なんてこと..どうして?絶句だった。
今日もニュースを見る。午後8時現在で、33人中7人の安否不明だとか。
企業の他に、現地人と結婚している女性もいるので、連絡が取りにくいのだと思う。
船が座礁している映像のタルカワノ、魚市場があり、よく夫や子供と週末に、殻つきのウニを買い、苦労して外したこと、日本では買えないヒラメを刺身にしてもらい食べたこと、メバルの煮つけ、少し小ぶりの鯵、海岸には、ペリカンやトドがいて、とてものどかな潮の香りがしていた。
コンセプシオンは何も無い所だから、兄や父が来たときには、市民の足のバスに乗り(300ペソ=60円ぐらい?)タルカワノに連れて行った。
テレビで、コンセプシオン市民がスーパーで略奪をしている。
恐らく、よく買い物に行った、駅前のLiderというスーパーだ。とても大きくて、いつも週末夫と買い物に行っていた所だ。駅前周辺は、当時あまり治安のよくない地域に近かったため、今も略奪対象場所になっているのだと
思う。
橋の滑落は、ビオビオ川にかかる橋であるが、古い橋で使われていない方が壊れたので、深刻な問題にはならないと思う。
私がチリを去る4年前ごろから、高層マンション建設があちらこちらで始まるようになっていた。
新聞で築2年のマンションが倒壊と知り驚いている。
コンセプシオンは第2の都市というが、人口のほとんどはサンティアゴに密集しており、
とても小さな都市である。観光地もないため、外国人にはなじみがない。
友人には、チリってどんなところ、どんな肌の色?想像できない、と色々言われていた。
今回このような形で、コンセプシオンが世界的に有名になり、夢ではないかと思う。夢であってほしい。治安の悪化がとても心配。最近は、スペイン語を忘れてきており、現地の友人とは、気になりつつも、連絡を取らないでいた。どうか何事もなく、無事であってほしい。早く復興してほしい。
真央ちゃんの銀メダルには、とてもショックだったが、それよりもっと深い悲しみがニュースを見るたび
毎日消えずに残っている。