一週間前から、息子の難治性てんかん発作が止まらなくなった。

 

 

皆さんもご存知の通り、現在、私の住むイギリスは、日本よりも急速に、コロナウィルスの感染も広がり、アメリカ、イタリア、スペイン、フランスなどと共に、感染者数は急激に増え、死者数も1万人を超える状態である。 

 

 

そんな時の入院は、胃ろうで、体調が悪いと痰が詰まりやすいわが子にとって、大きなリスクも伴う。

 

 

3年ほど前にも、この発作が止まらなくなり、救急車で病院に運ばれた。

 

 

そして、全ての薬が効かず(このてんかん発作は、ひどくなって止まらなくなると、どの薬も効かなくなって、患者は発作により、眠ることもできなくなる。)

 

 

大都市のICUに運ばれ、(地元の病院には、人工呼吸器の用意がないのだ。)人工呼吸器に繋がれ、無意識にさせられ、それによって、発作を止めようとする。

 

しかし、それでも発作は止まらず、その後ひと月以上を病院で過ごした。

 

 

自分の書き続けてきた息子の発作記録から、この難治性てんかん発作、非常用の薬とICUで無意識にする以外の止め方は、続く発作で本人が疲れ切った時、14~18時間以上長く眠らせ止めるしかないと、私は感じていた。

 

 

息子は現在6歳であるが、発作の時、呼吸ができなくなる問題は、無くなっていたので(呼吸が出来なくなる問題がある場合、脳に障がいを与える危険があるため、入院して酸素吸入が必要になる)、私は医者から電話で、病院に来て入院させるようにと言われたのだが、思い切ってそれを断ることにしたのだ。

 

というのも、イギリスの病院は、日本とは大きく異なるからだ。

 

 

私は息子の乳児期、何度も病院に一緒に滞在したのだが、

夜中の検査はもちろん、タイマーをかけた薬が切れるとそれを知らせるブザーがなる。

 

それは、看護師に伝えるためのブザーであるが、なにせ看護師はそれが鳴っても人が足りないのか、来てくれない。

 

その音は、臨時に私が止めても5分ごとに繰り返され、私はなんとか疲れ切った息子を眠らそうと必死に過ごし、夜が明けるのだ。

 

また、朝になれば病室の患者さんらは、ほとんど眠れずぐったりしているのに、お医者さんは大声で話しながら入って来るし、次から次へと検査があるので、またもや息子も私も眠らせてもらえない状態となる。

 

入院中の患者にとって、睡眠は何よりも重要である。

眠れない事は患者の体力を消耗させ、免疫力をも下がらせる。

 

イギリスの人は国民性の違いか、まず自己が第一であり、相手への気遣い、音をうるさくしないように気をつけたりという感じの方が、日本人に比べた場合少ないと私は思う。

 

音にもとても敏感な息子のような障がいを持つ子どもは、そんな入院は、どう冷静に考えても、息子の発作を悪化させることにしかならないだろう。

 

 

そんな訳で、息子の発作時の苦しそうな表情を眺め続けることは辛かったが、歌を歌ったり、手を握ったりでなんとか、夫とふたりでこの長時間続く発作を乗り切った。(息子本人の方が、ずっと大変だったことだろう。でも、よく頑張ってくれた。)

 

 

静かな自宅であれば、疲れ切って眠くなった時には、長い時間、快適な状態で眠らせることが出来、11時間ほど眠れた後には、2~4時間連続していたひどい発作も、弱くなり、それからは、薬で眠くなるようにし、今はだいぶ発作の数も減り、ほっとしたところである。

 

 

もちろん、私はイギリス人の日本人にはない、良い点も知っているのだが、命に関わる医療現場に関しては、看護のひとつひとつに関する日本人の丁寧さや音などに対しての繊細さや気遣いが、とても重要であるように思えてならない。

 

 

壊れない製品を作ることで、ここイギリスでも、日本製品とドイツ製品は、とても人気があり、誰もが信用している。

 

 

今回のコロナウィルスで、世界でも死者数が大幅に少ないドイツと日本。

 

 

私はイギリスでの医療現場を冷静に観察するとき、日本が感染による死者数を抑えている理由が、どうしても、その国民性の違いにあるように、思えてならないのである。

 

 

 

         ~3年前の3歳時の写真~

 

 

今回は、イギリスの眼の訓練師(脳の関係で見えない子ども達のための)が、薦めてくれたプロジェクターをご紹介します。

 

 

イギリスでは、乳児期から眼が見えていないと分かると、眼の訓練師が1週間に1度自宅に来てくれて、息子も眼の訓練をしてもらっていました。

 

 

けれど、それを1年ほど行ってもらってからは、支援学校も始まったこともあって、このサービスは受けられなくなってしまいました。

 

 

その後、息子は難治性てんかん発作が学校へ行く度に起こっったり、体調を崩してばかりいたので支援学校へは通わず、自宅療育に切り替えました。

 

 

そのため、この訓練はしなくなってしまいましたが、今もこの訓練師の方が、薦めてくれたプロジェクターを枕元に置いて、暗くなってから夜息子が寝るまでずっと、このライトをつけるようにしています。

 

 

 

この訓練方法は、全く手間もかからないので、脳障害で眼が見えていない子ども達に、とてもお薦めしたい方法です。

 

 

 

その後、息子の眼は少しずつ見えてきたので、ベットで横向きで寝かせ、コントラストのある絵本の絵も、しっかりと眼から見やすい位置にお置き、常に見せるようにしてきました。



お医者様の検査では何度行っても、いつも見えていないと言われ続けてきましたが(私は、この検査方法に疑問を感じています)、少しずつ認知が進んでいくと共に、確実に絵を集中して眺め, 視線も動かすようになってきています。
 

 

 

 

(一般的には7~8歳くらいで、眼の発達は進まなくなると言われてはいますが、発達の専門家の中には、眼の発達は大人になっても可能であるという説もあり、私は年齢に関係なく、この方法をお薦めしたいと思います。)

 

 

 

また、イギリスではこういうライトは、あらゆる種類が売られていて、大人も疲れがたまって、リラックスしたい時、真っ暗にしてこのライトを眺めているだけで、脳をゆったりと休ませ良い効果を与えるので、使用している方もいらっしゃるそうです。

 

 

このライトは、星や月の形で青色、赤色、緑色と色が変わり、ゆっくりと動くようになっています。乳児期には、このライトを眼で追うことは、全くありませんでしたが、2年程前くらいからは、目を動かして集中して見るようになりました。

 

日本のアマゾンでもこのような物が売っているのを見つけました。ご参考までに。。。

 

https://www.amazon.co.jp/スタープロジェクター-ベッドサイドランプ-USB充電式-360度回転-6セット投影映画フィルム/dp/B07YQL17CD/ref=sr_1_20?__mk_ja_JP=カタカナ&crid=1HI6IY056B7CD&keywords=音楽&qid=1582905876&s=home&sprefix=音楽%2Ckitchen%2C395&sr=1-20&tag=coa_jp-22

 

 

わたしは正直、重度障がい者とか重度障がい児という言葉が嫌いである。

 

 

だから、意識して自分の子供について説明する時にも、この言葉を使わないできたが、まずは社会に知ってもらい支援を求めていくには、やはりこの言葉が分かりやすいので、今日は使うことにした。

 

 

わが子もそうであるが、この重度重複障がいを持つ子供たちは、実は想像を絶するほど、次から次へといろいろなトラブルを抱えている。

 

 

現在、誰もがコロナウィルスによる、肺炎を恐れているが、こういう子供たちは、乳幼児の頃から誤嚥性肺炎を何度も起こしたり、呼吸が出来なくなったりして、日常的に生死の境をさ迷ったりしているのだ。

 

 

また、誤嚥を起こすことから、食事を口から取れなくなり、胃ろうとなったり、陸に上がった魚のように、身体全体の反り返る発作を起こしたり、難治性てんかん発作を起こしたりする。

 

 

 

最初わたしも、こんなに多くのことがいっぺんに起こる病気があるものかと、信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

そして、一年中感染症による肺炎やてんかん発作と戦いながら、年に何回もPICU(小児集中治療室)に滞在し、

 

 

(日本の場合は、長期入院となっているかもしれない)

 

命の危険と戦いながら、彼らはゆっくりゆっくりと成長していくのだ。

 

 

 

重度の障がいを持っていると、難治性てんかん発作を持つ子供も多いのだが、この発作が続き止めることが出来ないと、お医者様からは、麻痺が残ると言われている。

 

 

薬でも止まらないこの発作、それが続く時の(わが子も最近、続いていたが)、その時の母親や家族の不安と恐れの大きさを想像できるだろうか。

 

 

 

この発作、様々な薬を病院で試し、それでも止まらないと、PICU(小児集中治療室)へと運ばれ、人工呼吸器に繋がれ、無意識にして止めようとする。しかし、それでも尚、止まらないことが何度もあった。

 

 

 

親としてわが子の苦しさを眺めるのは、誰もが相当辛いことを知っている。

 

 

 

イギリスでは、この苦しみへの理解が広がっているせいか、一般の方々の寄付やチャリティーイベントへの参加で、地元の子どもホスピスを支援する動きが一般化している。

 

 

 

私はカメラマンであったこともあって、息子が乳幼児の頃から、ニュース雑誌やこのブログで、息子の状態を社会に見せようと、意識的に試みてきた。

 

 

 

でも、正直息子をさらし者にしているようで、何度もそれを辞めたいと思う気持ちとの葛藤があった。

 

 

けれど、私だけでなく、多くのこういう子供を持ったご家族が、まだまだ社会にほとんど知られずに、度重なる命の危機と向き合っているのだ。

 

 

母親は、わが子と深くつながっていることもあって、継続的にわが子の病気の苦しさを眺めていれば、それは剣が胸に突き刺さるほどの激しい痛みを受け、自分の精神にも大きな打撃を与える。

 

 

 

それは、重度障がい児だけでなく、難病を抱えている子供のご家族も全く同じであろう。

 

 

 

そういう子供たちを持つ母親や家族の心のケアが、早急に必要だ。

私は経験上、特に入院中の母親や家族の支援が必要だと考えている。

 

 

 

入院中は検査も多く、乳幼児が泣き叫ぶ姿を眺めるだけでも、母親はエネルギーのほとんどを失ってしまうからだ。

 

 

 

そんな時、病院で少しの時間、わが子の看護を任せ、外にフレッシュな空気を吸いに散歩に出たり、病室から出て食事をするだけでも、エネルギーの消耗を少しは減らすことができるだろう。

 

 

 

多くの経験を積んだ先輩お母さん達をFacebook上で眺めてきたが、自分のケア方法も様々で、気功、ヒーリングセラピー、アロマセラピー、瞑想、自分の好きな趣味を行うなど、

 

 

 

薬だけでなく、自分自身の心をケアすることを見つけたお母さん達が、この難局を乗り超えていっているように、私には思えてならない。

 

 

 

なんと言っても、わが子の辛さを継続的に眺める苦しみは、相当のものであるから、精神を病むことを避ける方が難しいことを、ここで強調しておきたい。

 

発達の遅れがあってこのブログを見て下さっているお母様方へ~

私の投稿で不安になる方も多いと思います。けれど、うちの息子のケースは、お医者さまから希少難病と言われ、多くの皆さんから見れば、とても稀なケースです。私は社会に対してこのような子ども達のことを伝えていかなければならないので、あえてこの文章を書きました。

どうか、子供さんの発達の遅れで心配している方々が、不安になりませんように。。。

 

 

(私事ではあるが、現在、6歳になる息子は、免疫力も強くなり、呼吸の問題や、誤嚥性肺炎も全く起こさなくなった。

難治性てんかん発作についても、自宅でコントロールできるようになりつつある。)

 

 

  ~わが子がまだ一歳になる少し前 庭で光を浴びて~

 

 

昨年9月の息子6歳の誕生日~最近、認知も少しずつ進んできている。彼は絵本の絵を眺めるのが大好きである!

真冬の間、イギリスも朝日の昇るのは遅い。

でも、最近やっと朝7時半には明るくなっているので、また朝の散歩を再開した。

 

 

1月は私自身が、ノロウィルスになって体調を崩してしまい、その後、体調のせいで心のバランスも崩れ気味で、ただ黙々と無言で、息子のお世話をする日が続いていた。(幸い、なんとか息子に、このウィルスをうつさずに済み、ほっとしている。)

 

 

でも、ある時、ふと気がついた。

 

 

息子の笑い顔をここ一か月の間、全く見ていなかったことを。。。

 

 

傍にいる母親の心が元気でないと、それは不思議なくらいに直接的に、わが子に伝わってしまう。

 

 

ある教育学者も言っていたが、幼い子供はすぐ近くにいる母親などを模倣し、いろんなことを学んでいくという。

 

 

だからこそ、傍にいる母親としての自分の言動や振舞いは、気を付けなくてはならないと、以前本を読んだ時に思ったのだ。

 

 

昨年中の息子は、体調も良いせいか、私が笑って話しかける度に、いつも笑顔で返してくれていた。しかし、このひと月の間、彼の笑顔は全く消えていた。

 

 

日頃から、母親である私の心の安定が、最も大切だとは自覚していたつもりだったが、体調を崩したことをきっかけに、私は日々心掛けていたことをつい、おろそかにしてしまった。

 

 

 

日光を浴び、木々や植物を眺めながらの朝の散歩や、心に癒しやエネルギーを与える音楽を聴くこと、そして、バランスのとれた身体に良い食事をとること。

 

 

私にとって、心が元気でいるために最低限必要なことが、この3つのことだった。

 

 

家族を介護している人は、つい病気の人を第一優先に考え、自分のことを後回しにしがちであるが、介護する側が、まずは自分の心を元気にさせることが、何よりも必要だということを。。。

 

 

病気や障がいを持つ身内のお世話することは、相手に対する共感度も強いため、想像を超えるほど、心に負担がかかる。 

 

 

そのためには、様々な方法で、自分の心に栄養を与え続けなければならないのだ。

 

それが出来て初めて、誰かのための行動が出来るんだなあと、実感した。

 

 

~うちのもう一人の息子、猫のキコオスカーは、家の中へ入ったり外へ出かけたりで忙しい。

彼は毎日、必ず外の新鮮な空気を吸い、運動も欠かさない。心に栄養を与えるのがとても上手なのだ!~

 

 

 

 

 

 

 

日本では、馴染みのなかった子どもホスピスですが、やっと最近新聞でも大きく紹介され、来年には横浜に子どもホスピスが

建設される予定です。

 

 

 

 

イギリスにおいて、初めて子どもホスピスをお医者さまから紹介された時は、心の中では正直 「とうとう、ここまで来たか!」というショックもありましたが、行ってみたら、

そこは病気の子供たちと家族を暖かくサポートしてくれる素敵な場所でした。

 

 

 

 

今回、この横浜子どもホスピスの代表である田川尚登さんを始め、九州の福岡にも子どもホスピスの計画予定の代表理事である濱田裕子さんら、総勢5名の方々が、イギリスの子供ホスピスを視察しに来られました。

 

 

 

 

一昨日は、日本からの長旅でお疲れのところ、わが宅にまで来て頂き、私たち親子の体験のお話を皆様、真剣な眼差しで聞いて下さいました。

 

 

 

病気で命の危険と隣り合わせの日々を過ごす子供たちとそのご家族にとって、心と身体を休めるレスパイトケアの役割をする、この子どもホスピスは欠かせないものす。

 

 

 

そして、病気を持ちながらも、家族以外の方々の支援に見守られながら、優しい温かな環境で、子供たちの成長をも促していく大きな意味が、この場所にはあるのです。

 

 

 

イギリスには全国で40以上の子どもホスピスがあり、地元の人たちのチャリティーイベントや寄付で運営費のほとんどが

まかなわれていることには、驚かされます。

 

 

 

 

以下のリンク記事は、3年前、雑誌アエラに書いた記事ですが、ここイギリスにおいての私の子どもホスピスでの体験や、チャリティーイベントについても、詳しくご紹介しておりますので、ぜひ読んで頂けるとありがたいです。

 

https://dot.asahi.com/aera/2016120100163.html?page=

 

 

左上から、横浜子どもホスピス代表理事である田川さん、その隣が建築家の津嶋さん、上右端が福岡に予定されている子供ホスピスの代表理事で、看護学を大学で教えていらっしゃる、濱田さん。そして、左下が横浜子どもホスピスプロジェクトチームのチーフメンバーで通訳も務めて下さる飯山さん、そして、右下が、インテリアデザイナーの中園さん。

 

 

 

 

子どもホスピスのセンソリールームでは、様々な色のライトがあって、眼の訓練(脳の関係で眼が見えない子のため)もできるのです。

 

 

ミュージックセラピストのミュージックセラピーは、息子も大好きで 一歳の頃から続けています。