引越し。
この話は、事実に基づいたフィクションである。
もし、なんらかの理由で予期せずこのページを開いてしまった方には、
申し訳ないが、即座に閲覧をやめることをおすすめする。
これは、私の過去の清算の意味以外になく、
誰かに不要な感情を持たせるつもりはない。
ここで公表するに自分自身が救われるだけだ、
繰り返す、これは事実ではない。
私の話では、ない。
時系軸が狂うのを、お許しいただきたい。
私が小学校2年のときに、うちは引っ越した。
それまでは社宅で、ちいさな2DKだった。
引っ越す前に通っていた小学校で、
「テスト」があった。
わたしは教科書を読むのが好きな子だった、特に国語は。
故に、その「テスト」で、クラスのなか唯一、満点を取った。
何度も読んだその内容と漢字の問題、
みんなが、何故出来ないかがわからなかった、けれどわたしは黙っていた。
母に見せたとき、母は、口の端を曲げて、
「誰でも取れるんでしょう?」と言った。
「わたし、ひとりだって、先生、言った」
わたしは言った。
母はそれを丁寧にたたみ、テーブルの上に置いた。
わたしはそれを母が父に見せてくれることを願い、
「おとーさん、帰ってくる? ゼリー、食べたい」
この時、わたしはきちんとしゃべることが出来なかった。
教科書の文章が理解できたし、ともだちの言っている内容もわかっていた。
けれど、家に帰ると、単語でしか言葉をつなげなかった、
たぶん、誰が誰に、と言うことを、表明できなかったのだと思う。
怖かったから。
しばらくして、その一度返した「テスト」を、担任の先生が「持ってきて」と言った。
わたしは、プリントされたわら半紙を持って家に帰る。
母は、それを一度流し読み、連絡帳を出しなさい、と言った。
出すと、怖い顔でそこに何かを書き込み、
「これを明日もって行きなさい」
とわたしのランドセルに入れた。
翌日、それを担任に渡すと、担任は読むなり顔色が変わったのを覚えている。
「あんたのおかあさんは、なんでもしょぶんするの?」
しょぶん、処分の意味がわからなかった。
とりあえず、何を聞かれても「はい」と答えなさい、といわれていたわたしは、
「はい」と答えた。
何度かやり取りがあった、
連絡帳を介し、彼女らは何かを話し合っていた。
2、3日後の放課後、
担任に呼ばれ行くと、担任は連絡帳を渡しながら、
「あんたのお母さんに言いなさい、馬鹿お母さんって!!」
なんとなく、否定されているのだな、と思い、
「・・・・・」黙って、俯いた。
「いい?いってやんなさい、馬鹿お母さんって!!ちゃんとネジ入れてやれって!!」
意味が、理解できなかったのだ。
そのまま、かえって、母に言った。
母は、それを聞いた途端、
「あんた、お母さんは悪くない、とも言わなかったの?!」
と怒鳴った。
怖かった、
怖くて、黙っていた。
「言うでしょ、お母さんは悪くないって!!
あんた、本当にひどい子ね、お母さんがどう言われてもいいの!?」
わからなかった。
お父さんは、その頃、2,3日に一回帰ってくればいいほうだった。
お父さん、わたしは思った。
帰ってきて。
父が帰ってきたとき、
わたしは泣いたのか、すがったのか、覚えていない。
この頃から、兄が、母の前で私を殴ろうと蹴ろうと、
母は、一切止めなかった。
私が泣いて、口に血の味を感じながら、すがったときも。
「あんたが、ひどい言葉を言うからよ」
ひどい言葉。
わたしは、母の言っていることを兄に、反芻しただけだ。