「字がお上手ですね」「すごいですね」とお褒め頂くことがある。

褒められ下手な私としては「ありがとうございます」と照れながら御礼をお伝えするが、過信はしない。

むしろ、その機会に出会ったときはハードルを上げると言った方が良い。

「俺すごいだろ!字上手いんだぜ!」

なんて口が裂けても言えない、言いたくない。


自信が無いのではない。

1時間でも時間があれば、臨書をしていて腕に貯金をしまくっているので、昔に比べて遥かに上達していることを自信と認めているが、上には上がいることを知っているから、過信はしたくない。


書道教室の講師として立たせて頂くときは基本的に上手下手などは関係なく、楽しんで頂くことをメインとしているが、基本点画の練習後は必ず臨書に触れて頂く。


なぜか?


確かにカッコいい字体、可愛い字体は表情があって、独創的で素敵だと思う。

ただし、ポイントは線が生きているかである。

臨書をすることで線が鍛えられる。

線が鍛えられれば、線が生きてくる。

生きてくれば、自然と自らの魂が入る。

その魂は見る人に伝わる。

所謂、芸術性ということである。


この流れを大切にして欲しいから、臨書に触れて頂きたい。


師範免許が欲しいという目標をお持ちの方なら尚更である。

師範はゴールではない、書家の門を開くスタート地点だと思っている。

ちなみに私は「段位は如何程ですか?」と聞かれても、しつこく聞かれない限り答えないようにしている。段位や称号の執着は、とうの昔に捨てたからであって、あるに越したことはないが、それにしがみ付く自分が嫌だからである。


臨書をしなければ、1週間で線は死ぬ。

臨書をし続ければ、線が生き鍛えられ、知識も増える。


自信はあるが、過信はしないのである。