1980年代後半にアメリカに駐在していたが、日曜の午前中にケーブルTVを見ていると教会での説教やミサの中継が次から次へと流れていた。映画に出てくるいじめっ子みたいな体格のいい青年が涙を流しながら牧師に頭を垂れている、あれは「回心」の場面だったのだろうか。壇上にあがった人が突然わけのわからぬ言葉を話し出し、会場が熱狂するのはペンテスコ派。側頭に牧師の両手をあてられた人たちが気を失って倒れていく、というのもあって、翌日アメリカ人の同僚に「あれは何だ」と尋ねると、「多分新しいやつだ」と苦笑しながら答えていた。
加藤喜之著「福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会」(2025年・中公新書)では近年のアメリカ社会における福音派の政治活動やその影響力が紹介されている。駐在していたレーガン政権時代が、実は福音派の胎動期ともいえる時で、確かに時折ニューズウィークやタイムの記事で外国人には馴染みの薄い宗教指導者の特集をやっていて、読んでも記事の内容をあまりよく理解できなかったことを思い出した。福音派といえば共和党の強力な支持層というイメージだが、カーター、クリントンといった民主党大統領も実は熱烈なクリスチャンで、福音左派と呼ばれる人たちの支持により当選していたことは同書によって改めて知った。
福音派の奉ずる終末論ではソロモン神殿の再建とその破壊、中東でのハルマゲドン、アンチキリストの登場、ユダヤ人のキリスト教への改宗、イエスの再臨、神の千年王国(ミレニアム)の完成といった経緯が展開する。彼らが中東紛争でイスラエルを支持するのもその存在がイエスの再臨につながるためで、そのためには戦争が激化するのもおかまいなし、預言の実現への前進と捉えるのだろう。イスラエルやネタニヤフからすれば、自分たちがキリスト教に改宗する預言など共有できる話ではないので、両者の連合は同床異夢ともいえる。
終末論を奉ずるのも宗教の自由として認められるべきなのだろうが、それが遠く離れた他人の土地での戦争をたきつけたりし出すと迷惑千万、もはやカルトの領域に足を踏み入れている。もしかしてトランプ政権についても内心は「アンチキリスト(偽キリスト)の登場」として歓迎していたりして。悔い改めよ。
1983年ダージリン・インド - カルカッタからトイトレインという小型蒸気機関車で一晩かって到着。有名なダージリンティーはほとんど輸出用で、地元の食堂で出されるのはアッサムティーだった。
