家から持ってきたパンをさっき1つ食べただけなので、永田肉店の通りの向かいにあるミニストップでおにぎりを二個買って、一個を食べる。
前回は、東惣門の記念碑の前で終わっているので、そこからスタート。

写真の奥が籠田公園。
道路の中央分離帯の木の間に、東惣門の記念碑がある。(前回のラストの写真参照)
この道路の40メートルほど右に、かつて岡崎城の外堀があり、そこに東惣門があったのだ。

籠田公園を通り抜けて、連尺通りを進み、ここを右に入る。

「岡崎城対面町前角」の道標を右に入り、北上する。
奥が丁字路になっている。
丁字路にある道標が倒れている。

表の文字を見ようと、ひっくり返そうとしたが、びくともしなかった。
この丁字路を左に曲がって進むのだが、昔はここを直進したらしい。
左折して、右折すると「人形町角」。


「唐弓弦(とうゆみつる)」の看板がある古い民家。

唐弓弦とは、板に張った弦で綿を打ってほぐす道具。
この家から伊賀川に沿って左折し、三清橋を渡る。

小児科の医院。
歴史がありそうな雰囲気。

横の門には、志貴小児科医院と書いてある。
三清橋を過ぎて、国道248に出る手前にある。

小児科の向かいの銭湯。

「ゆ」の文字の下に、龍城(たつき)温泉とある。
私の持ってるガイドブックには、この銭湯の左側を通ってから左折して、国道を渡るように地図がかいてあるのだが。
そのように進めば、ちょうど国道の真向かいに、二十七曲の道が続いている。
しかし、小児科と銭湯の間をそのまま直進して国道に出ると、そこに道標が立っているので、えっ、どっちが二十七曲の道だろ?と迷い、仕方なく両方の路地を通っておいた。

愛知環状鉄道(前に来たときはJR東海だった)の下をくぐり、八丁味噌のある八丁へ。

八丁倉通り。

八丁味噌の店があるあたりを抜けて、矢作橋に出る途中にある民家の土蔵。
矢作橋たもとの土手の上から、振り返って撮る。
矢作橋を渡り、すぐ右手の勝蓮寺の前を国道に平行して進むのが、旧東海道になる。

誓願寺 十王堂
矢作の里の兼高長者が、源義経に恋い焦がれて川に身を投げた娘、浄瑠璃姫を誓願寺に埋葬し、十王堂を再建した。
この寺の向かいあたりも、長者が所有していたらしい。

弥五騰神社

宇頭駅に、15時半頃。
以前に歩いたときは、朝に飯田線の小坂井駅を出て、この宇頭駅まで歩いたのだった。
そのときは、「うとう」ではなく「うず」駅だと思っていた。
「宇津救命丸(うづきゅうめいがん)」と何か関係があるのだろうか、などとトンチンカンなことを考えていた。
今日は、二十七曲にかなり時間を費やした。
ブロンプトンをたたみ、15時50分発の東岡崎ゆきに乗る。
豊橋駅から16時47分発のひかり東京ゆきで帰る。