13時に出発。

駅から3分ほどの知立宿内にある中町交差点から、旧東海道に入る。
ここは五叉路になっていて、江戸方面からくると右斜め前の細い道に入る感じである。

旧東海道に入って真っ直ぐに進むと、丁字路に突き当たる。
右が旧東海道で、左は刈谷道。
右に曲がると、すぐ左手に知立古城跡という小さな公園がある。

知立古城趾
さらに進むと、つきあたりが了蓮寺。

了蓮寺
左に曲がって進み、国道155号線を越えると、ほどなく右手に知立神社がある。

知立神社
賽銭箱の前で、数人がカメラを構えて中を撮影していた。何かと思ったら、中で結婚式をやっていた。
周辺は静かで落ち着いているし、由緒ある神社によくある厳めしいおそれ多い雰囲気ではなく、素朴で庶民的な親しみある空気を感じた。

多宝塔(境内の右手にある。重要文化財)
そろそろ行こうと思ったら、自転車のカギ(チェーン式を解錠する)がないことに気がついた。
神社内の自分の歩いたコースをもう一度1周して見たが、ない。
安物のチェーンだから引きちぎれないか、などと考えていたら、自転車から2、3メートル離れた所に落ちていた。
まったく、しょうもない。

芭蕉の句碑。
「不断たつ池鯉鮒の宿の木綿市」
江戸で「池付白(いけつきしろ)」と呼ばれた三河木綿の集散地であった賑わいがうかがわれる句、ということである。
隣接する知立公園内にある。

逢妻橋(旧池鯉鮒大橋)
橋を渡り、国道1号に合流する。

32年前に撮った、このあたりの国道1号線の写真。
名古屋25キロ、四日市55キロと書かれた標識が見えている。

現在の写真。
旧東海道が国道に合流してすぐに、名古屋25キロ、四日市55キロの標識が見える。
以前の写真と比べると、今の標識は、少し手前に移動したように見える。
よく見ると、写真の中央の奥に、杉のような木が見えている。
工場の敷地内にあるので、今も残っているのだと思うが、現在のほうが標識との距離が離れている。

境橋
尾張側は木橋、三州側は土橋の継ぎ橋だった。

境川のほとりの歌碑
「うち渡す尾張の国の境橋
これやにかわの継目なるらん
光廣」
京都烏丸に邸宅があった藤原朝臣光廣卿の詠んだ歌。

阿野一里塚

知立宿の周辺は、わりと古い民家がちらほら残っている。
黒っぽい板が、横に長く打ち付けられてある感じが、シンプルというか、すっきりとして、すがすがしい。

桶狭間古戦場
今川義元戦死の地とのこと。
小さな公園になっていて、何人か年輩の人が、当時の戦の説明などを観光客にしていた。
ここは豊明市で、名鉄の中京競馬場前駅から100mの所にある。
駅の反対側の中京競馬場は名古屋市になる。
中京競馬場前駅に15時15分頃に着く。
36分発の急行の豊橋行きに乗って帰る。